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―――ベベン。
どこからか、琵琶の音が鳴り響く。

新手の鬼かと警戒を深める中で、目の前の童磨は大袈裟に深く長い溜め息を吐いた。


「鳴女ちゃん、そりゃあないぜ!今からって時に……」
「…何を言って、!」


童磨が鳴女と誰かを呼んだことと、この琵琶の音。
決して無関係なはずはなく、きっと鳴女というのはこいつの仲間の鬼に違いない。

ベベン、と童磨に何かを催促するように再度琵琶が鳴る。
すると童磨はまた溜め息を吐いて、それからわたしの近くへとスタスタと何の躊躇いもなく寄ってきた。

こいつ、一体何を考えている。
童磨がわたしの間合いに入った瞬間、首目掛けて斬りかかろうとしたが―――。


「…ッ、な……!」


踏み出そうとした足が、ビクともしない。
慌てて足元に視線を向ければ、氷で出来た小さな童磨の化身がわたしの左足を抱え込むように地に縫い止めていた。

これは紛れもない童磨の血鬼術。一体、いつの間に…!


「これだけ、お土産にもらっていこうかな。また会えるのを楽しみにしてるよ」


互いの鼻がくっついてしまうくらい近くに、童磨の顔があった。
至近距離で虹色の瞳が妖しくこちらを覗き込み、そして童磨はわたしの耳に手を伸ばすとブチリ!と音を立て、父さんから受け継いだ耳飾りを引き千切ったのだ。

耳から首、そして脳にまで伝う激痛。
いや、痛みなどどうでもいい。そんなことよりも、こいつは今、わたしの大切な耳飾りを奪った。取り返さなければ……!


「、っ待て…!!」


出血の止まらない耳をそのままに童磨に視線を戻せば、あいつはニコニコ笑いながらこちらに向かって手を振り、そして―――この場から姿を消したのだ。




■ ■ ■




「…報告は以上です」

「ありがとう、月子。月子から報せをもらってから二日経った今、上弦の弐が教祖をしていたという万世極楽教の屋敷はもぬけの殻となっていたようだよ。童磨がその場から消えたのも、鬼舞辻の部下の鬼の鬼血術だろうね」


久しぶりに見るお館様は、前に見た時よりも更にやつれて見えた。

お館様と初めて対面した時から、彼が何らかの病気を患っているのは分かる。奥様のあまね様に支えられながら、しかしそんな状態の中でもこの人は鬼殺隊をまとめるトップとして揺るがない。


「上弦の鬼を仕留めきれず、申し訳ありません」
「謝る必要はないよ、月子。上弦の弍は非常に強力な鬼だ。…過去にその童磨によって、その当時は花柱であったカナエが命を奪われている。私たちが鬼舞辻を追い続ける限りまた必ずどこかで、上弦の鬼を討つ機会はやってくるよ」


何はともあれ、月子が無事に帰ってきてくれて私は嬉しい。ありがとう、月子。

お館様の優しくも穏やかな声音が耳を擽る。
心がスっと洗われるような感覚になりながら、わたしは小さく頭を下げた。


「月子、それから…私から個人的なお願いがあるんだ。任務でも何でもないから、どうするかは月子に任せるよ」
「何でしょうか…?」
「先程話した童磨に殺された花柱のカナエは、しのぶの実の姉だった子なんだ。しのぶはカナエの仇である童磨を討つことを目的にする中で、色々な思いを抱え、独りで闘っている。どうか、しのぶの支えになってあげてほしい」


鬼によって家族を亡くす気持ちは痛いくらい分かる。でもわたしは、それが分かるだけだ。
胡蝶さんが何を考え、何を抱え、何と闘っているのか。それはわたしには知り得ないこと。

胡蝶さんを、支える。

漠然としたその内容に、軽々しく頷くことはわたしには出来ない。でもそれを聞いてしまったからには、何もしないわけにはいかなくなってしまったのも事実。


「…お話するくらいしか、出来ませんが」


小さく呟くように言えば、お館様は笑みを深くさせただけでそれ以上は何も言わなかった。






「……………」


お館様の御屋敷を後にして蝶屋敷へと向かう途中、ヒョウから受け取った文を読みながら歩く。

ひとつは玄弥から。
もうひとつは炭治郎からだ。

玄弥の文の内容は、自分自身の現状報告といつから修行再開してもらえるかというもの。
わたしがいない間も一人で鍛錬に励んでいるようで、わたしも早く彼に合流してまた修行に勤しまなければという思いが強く募った。


「炭治郎は…っと、」


炭治郎はわたしと別れた後、鼓屋敷という所に任務に行き、そこで同期である二人の仲間と一緒に戦って鬼を斬り、今は仲間たちと禰豆子と一緒に藤の花の家で怪我を癒しているとのこと。

珠世さんの屋敷での戦闘で深く傷を負ってからすぐに炭治郎も任務に向かっていた。
今はとにかくゆっくりと怪我を治すために安静にしていてほしいところではある。


「………わたしは、」


もっと、強くならないと。

童磨の血鬼術に気付かず、足を捕らえられた時のことを思い出す。タイミングが悪ければ、あのまま殺されていても可笑しくはなかったのだ。


「耳飾りも、盗られたし……」


正直言えばそれに一番、腹が立っている。
鬼舞辻以外に初めてだ。必ず殺してやる、と思うくらいに殺意を覚えた鬼は。


「……ヒョウ、蝶屋敷こっちで合ってる?」
「サッキカラ逆方向ニムカッテル」
「……………」


色々と先行き不安であるけれど、わたしは自分出来る最大限のことをしよう。

傷を負ったその日のうちに痕も残らず治ってしまった耳朶をキュッと一回だけ抓んで、わたしはクルリと身体を反転させて歩き出したのだった。



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