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浅草に到着したのは陽が昇り始めたばかりの早朝。
炭治郎の鎹鴉の案内に従って、閑散とする街中を足早に駆けていき、そして辿り着いた場所は珠世さんと愈史郎が隠れ住むあの場所だった。

目くらましの結界が破られているようで、行き止まりだったはずの壁が崩れており、その先に彼らが住まう屋敷が見える。

ダッと駆け出した足はすぐに屋敷まで到達し、激戦の痕跡のあるボロボロの建物の中に入るとすぐに人の気配を追って地下に降りた。

タラリ、と米神を伝う汗はひんやりと冷たい。腰に差した刀の柄に添える手は、情けなくも小刻みに震えてしまっている。

どうか…お願いだから、無事でいて―――。




■ ■ ■




地下に降りるとすぐに、見慣れた緑と黒の羽織が目に入った。


「―――っ、月子姉さん…!?」


わたしの物音に気付いたのか、すかさず後ろを振り向き日輪刀をこちら向けてくる炭治郎。
炭治郎の後ろには珠世さんに抱き着いている禰豆子と、その傍に愈史郎の姿が確認できた。


「、…はぁ……っ」


安堵で、膝から崩れ落ちそうになる。
それくらい、本当に安心した。もしこれで炭治郎や禰豆子に”最悪”があったら、わたしは今度こそ本当に―――。


「むーっ、むー…!」


わたしに気付いた禰豆子が突進する勢いで抱き着いてきて、倒れないように踏ん張って同じように抱き締め返す。
禰豆子を抱き締めたまま炭治郎の頬に手を添えて、その顔についた沢山の傷を労わるように撫ぜた。

炭治郎の鎹鴉は確かに”鬼舞辻と遭遇した”とわたしに知らせに来た。
これを見れば炭治郎たちが鬼と戦ったのは明らかだけれど、鬼舞辻と戦ったというのはさすがに考えにくい。

いくら炭治郎が強くなったとはいえ、鬼舞辻と戦ってこの程度の怪我で済むわけがないのだ。


「炭治郎さんと禰豆子さんはよくやってくれましたよ、月子さん。十二鬼月ではなかったにしても、その辺の鬼とは比べ物にならないくらいの強さを持つ鬼を二人も倒してくれました」


珠世さんが微笑みながらそう言えば、禰豆子が褒めてくれと言わんばかりに強く頭をすり寄せてくる。


「…姉さん、珠世さんと知り合いなのか?」
「うん。珠世さんと愈史郎が鬼であることも知ってる。だけど、炭治郎も分かるでしょう?この人達はわたしたちの敵じゃないって」
「もちろん!一緒に鬼と戦ってくれたし、禰豆子を人間に戻すために協力もしてくれるんだ」


ニコニコ笑顔で嬉しそうに言う炭次郎が可愛い。こうして弟妹たちに会うのも久々だったから、余計にそう思う。


「炭治郎と禰豆子はわたしの弟と妹です。珠世さん、この子たちを助けてくれてありがとうございます」
「いえ…お礼を言われるようなことは何も。私はただ、恩返しをしているだけなのです」


―――恩返し?
それはどういう意味なのか聞こうと口を開きかけた時、炭治郎がわたしの羽織の袖を控えめに引っ張った。

何やら怒ったような、真剣な表情をしている。


「そういえば姉さん、聞いてくれ。愈史郎さんが禰豆子のことを、しこ……んぐッ!?」
「やめろ、馬鹿!言うな、馬鹿!あれは単なる冗談だ…!冗談も分からないのかお前は…!?」


愈史郎が慌てたように早口で捲し立てながら炭治郎の口を塞いだ。

炭治郎が何を言いたかったのか結局分からなかったが、あんな風にじゃれつくくらい愈史郎と炭治郎が仲良くなれたようでなんだか嬉しい。


「月子さん、ひとつご忠告を」
「……珠世さん?」
「鬼舞辻はあなた達を狙っています。花札のような耳飾りをつけた者を殺すよう、支配下の鬼に命じているようです。そして月子さんや禰豆子さんが他の鬼とは違う特別な鬼だと、目を付けている」


鬼にされた者には”呪い”が掛けられる。
鬼舞辻に思考を読み取られ、位置を把握され、あいつの名前を口に出せば細胞が崩壊して死に至るという―――呪い。

しかしその呪いは、鬼にされたはずの禰豆子やわたしには機能していない。
鬼舞辻から見たら”特異”な存在であるわたし達は、厄介なことにあいつからの興味を惹いているのだ。


「禰豆子やわたしのことは分かります。…しかし何故、この耳飾りを狙って……?」
「………それはきっと、過去よりの因縁」
「……ふむ」
「詳しく、聞き出そうとしないんですね」
「”それ”を聞いたところで、わたしにとって大した問題にならない。わたしは、この命に代えても炭治郎と禰豆子を守るだけですから」


禰豆子の頭を撫でれば、気持ちよさそうに目を細める。それがひどく愛おしい。


「月子さんは、本当に不思議で魅力的な人です…」
「そっくりそのまま珠世さんに返しますよ。珠世さんと出会えて本当によかった」


珠世さんは一度だけ目を大きく見開いてから、少しだけ俯いて『ありがとうございます』とか細い声で呟いていた。
そんな彼女を禰豆子同様に抱き締めようとしたら愈史郎が騒いだため、伸ばした手は空を切る。




「……………」


それにしても、わたしが鬼殺隊に入ってからこの二年間で一度も顔を拝むことすらできなかった鬼舞辻無惨と、入ってわずか数ヶ月で奴と接敵した炭治郎は運がいいのか悪いのか。

鬼舞辻のことは炭治郎から後で聞くことにして、今はとりあえず鎹鴉が五月蠅く鳴き始めるまでは姉弟水入らずを楽しませてもらおう。



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