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死と隣り合わせの七日間を生き抜いた炭治郎は余程疲れていたのだろう。
湯浴みを終えて、月子と同じ布団に横になると、最初こそ恥ずかしがっていたのも束の間すぐに夢の中へと旅立っていった。

穏やかな表情で眠る炭治郎の頬を手の甲で何度が撫で、そして月子は布団を抜け出して鱗滝の待つ家の外へと出る。



■ ■ ■



―――粛啓。

炭治郎が鬼の妹と共にあることをどうか御許しください。禰豆子は強靭な精神力で人としての理性を保っています。

飢餓状態であっても人を喰わず、そのまま二年以上の歳月が経過致しました。
俄かには信じ難い状況ですが紛れもない事実です。

もしも禰豆子が人に襲い掛かった場合は、竈門炭治郎、竈門月子および鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を斬ってお詫び致します。―――



鱗滝が鬼殺隊のトップである産屋敷に出したという手紙の内容を聞いて、月子は頭上に浮かぶ月に負けないくらいにその瞳を丸く見開いた。


「鱗滝さん、それに冨岡さんまで…どうして」
「鬼と知りながら禰豆子を生かしている責務が、わしにも義勇にもある。もしものことがあった時、それで詫びになるかは別としても儂らも腹を斬るのが道理というもの。そして、お館様は寛大な御方だ。きっと禰豆子のことを理解してくれるだろう」


この者たちは何かが違う、と飢餓に負けず姉兄を守った禰豆子を見て、そう確信めいた思いを抱いた冨岡。そしてその思いを引き継ぎ、鬼である禰豆子を見守り、月子と炭治郎を鬼殺の道へと導いた鱗滝。

それだけでも感謝してもしきれないというのに、禰豆子に“もしも”のことがあれば命すら差し出して共にその責任を背負ってくれるというのだ。

月子は、胸が苦しくなった。
―――ごめんなさい、でも…ありがとう。そんな想いで胸がいっぱいになって、月子は鱗滝の前で地に正座をして、彼に向かって深々と頭を下げた。


「…月子、土下座などそう易々とするものではない」
「ありがとうございます…っ本当に」


額を地面に擦りつけて、何度もそう言う。

炭次郎も月子も、“良い子”過ぎる。それもあって、何とかしてやりたいと思わせるのだからこの姉弟たちは些か質が悪い。

鱗滝は大きく息を吐いてから月子の肩に手を添えて、渋る彼女を無理やり立たせる。


「それで、お前の話は何だ」
「―………っ、」


月子は一度だけグッと下唇を噛んで、それから緊張を解すように深く息を吐くと、鱗滝に背を向けて鈍く輝く月を見上げた。

すぅ…、と今度は小さく息を吸う音が聴こえる。


「―――わたしも、鬼…なんだ」


聞き間違いなどではない。かと言って、この状況で冗談を言うような奴ではないことも知っている。

鱗滝はお面の下で目を見開き、そしてその面に負けず劣らずの顰め面で月子の次の言葉を待った。


「家族が鬼舞辻に襲われたあの日、わたしはあいつと戦った。そして負けて…“お前も鬼にしてやる”と言われて首からあいつの血を流し込まれた」
「………………」
「それから、身体能力が高くなったり傷の治りも早かったりと身体に変化をもたらした。だけど他の鬼と違うところは、太陽の光に焼かれないことと…人間を喰いたいという欲求が一切ないということ」


それは月子が稀血であるが故に、体内に入り込んだ鬼舞辻の血が中和され、幸いにも完全な鬼になるには至っていない。
そしてそのことを知れたのは、鬼であっても鬼殺隊と同じように鬼舞辻を憎んでいるという協力者がいたからだと全てを打ち明けた月子。


「これは、お館様も知らない。知っているのは今のところ、その協力者である珠世さんと愈史郎という鬼たち。そしてわたしと鱗滝さんだけ」
「……身体に問題はないのか」
「うん。怖いくらいに何もない。ただ、わたしは人間でも鬼でもない中途半端な存在になってしまってるから…禰豆子だけじゃなくてわたしにも“もしもの時”が起こり得るかもしれない」


―――それが、わたしは一番怖い。

自分の身体を抱き締めるようにして震え、怯える月子の身体はいつもより幾分か小さく鱗滝の目には映った。


「だから、鱗滝さん。わたしがもし、炭治郎や禰豆子やその他の大切な人たちを傷付けてしまうようなことになったらその時は……自我があるうちにわたしはわたしを殺すって約束する。自分の始末は、自分でつける」


何が起こるか分からないからこそ、自分のことに関して誰かの手を借りることも頼ることもしない。
何かあればその時は必ず、この雪のように真っ白な日輪刀で、己のこの細い首を斬り落とそう。


「鬼を人間に戻すことが出来る術が見つかれば、お前も人間に戻れる日が来る。それまでは、その“もしも”がこないことを願うだけだ」
「ありがとう、鱗滝さん。鬼舞辻を殺すまでは、そう簡単に死ぬわけにはいかないね」
「どんな状況でも最善を尽くせ。お前の大好きな弟と妹を悲しませないように、な。それがお前に出来ることだ、月子」
「………はい」


曖昧に、僅かに微笑んで、頷いて。
カラカラ、と耳元で花札の髪飾りが夜風で揺れた音にしばらく耳を傾けながら、月子はゆっくりと目を閉じたのだった。



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