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二体の鬼の頸を同時に撥ね飛ばし、そいつらが灰と化したのをしっかりと見届けた後。

今にも死にそうな伊黒さんの横に膝をついて、顔色の悪い頬とその傷にそっと触れた。あの鬼の攻撃には毒があり、傷を受けた伊黒さんは今それに蝕まれている。


「……………」


鬼舞辻の血を中和したというわたしの中のこの”稀血”ならもしかしたら―――。

そう考えて、試してみる価値はあるとわたしは自分の腕に刃を滑らせて傷をつくる。
ヒョウには既に伝令を頼んでいて、もうすぐで隠の人たちも此処へ来るはず。もしわたしの血で駄目だったらその時はもう、彼が無事なことを祈るしかない。

傷口から滴り始めた血液を、口元へと運んだ。


「…飲んで、伊黒さん」


囁いて、伊黒さんの口に吸い込まれていく赤い血を見守る。
コクンと彼の喉がしっかりと嚥下してくれたのが分かり、ホッと息を吐いた。

あとは効果があるかどうか。伊黒さんの様子を窺ってすぐ、変化が現れた。赤黒く浮き出ていた血管はみるみるうちに引いていき、あんなに荒々しかった呼吸もすうすうと穏やかな寝息に変わっていた。


「、良かった……」


わたしの稀血が、伊黒さんの中の鬼の毒を打ち消してくれた。
原理は分からないけれど、でもそんなものは分からなくたっていい。彼の命を救うことが出来た、それが何よりだから。


「―――蛇柱様!竈門様…!」


叫びながらこちらに走ってくるのは隠の人たちだ。

あとの処置や治療は彼らに頼もう。そう思って立ち上がり、伊黒さんの顔を見下ろして
ふと思い出した。そういえば彼は、包帯で隠していた口元を見られたくないと言っていたような。


「…隠の人達、ちょっとそこで止まって」
「えっ、竈門様…?」


困惑する隠の人たちに一言謝りを入れて、わたしは再び伊黒さんの傍らに膝をついた。

彼が見られたくないと言っていた口元は、左右の頬の半分くらいまで裂けていて、傷痕の具合からだいぶ昔に受けた傷なのが分かる。伊黒さんが過去に何があってどうしてこんな酷い傷を受けたのかはもちろん知る由もないし、わたしには関係のないことだ。けれど、他人に見られたくないという彼の気持ちは尊重すべきだと思った。


「包帯、こっちに投げてほしい」
「…あ、はっはい!」


投げられた包帯を受け取って、伊黒さんの口元に包帯を巻いていく。
それから彼をやっと隠の人達に託して、わたしと伊黒さんの合同任務は終わりを告げた。




■ ■ ■




そよそよと心地よい風が吹くある場所で、月子は無言で団子を頬張っていた。
彼女の隣に座っているのは白黒の羽織と口元の包帯そしてオッドアイが特徴的な、つい先日任務を共にした蛇柱こと伊黒小芭内。

今朝、割と早い時間帯にヒョウとは別の鎹鴉に起こされて何事かと思って指定された場所に向かい、そこにいた伊黒に『ついてこい』とだけ言われて。ついていった先が何の変哲もない草原で、そこに腰を落ち着けて伊黒持参のお団子を『食べろ』と言われて食べている現在。

一体彼は何がしたいんだ、と月子は困惑しながらも美味しい団子に舌鼓みを打っていた。


「……………」


ここに連れてきた側であるはずの伊黒も伊黒で、困っていた。
先日の任務のことで完全なる”借り”を月子に作ってしまった挙句、包帯の下の忌々しいモノを見られ、彼女に自分のことをどう思われてしまっているか今日まで気が気じゃなかったのだ。

あんな鬼に一撃を喰らい毒などでに死に掛け、これで柱かと幻滅し呆れただろう。この裂けた醜い口元を見て、気持ち悪い化け物だと忌み嫌っただろう。
それが普通の反応であり、そう思われることに今さら傷付いたりはしない―――はずなのに。
彼女に、月子に拒絶されることをこんなにも恐れている自分がいる。


「伊黒さん、食べないんですか?これすごく美味しいですけど」
「…美味いに決まっている。甘露寺が勧めてきた店のものだ。おまえと友人だという甘露寺におまえの好みの甘味を聞いて、っ」
「そうなんですか。さすが蜜璃おすすめの店、本当に美味しい」
「――…っ、」


余計なことを口走ったこの口を殴りたい。伊黒はどうにも月子の存在に調子を狂わされている気がしてならなかった。


「ということで、はい。伊黒さんもどうぞ」
「………俺は食べない」
「団子、嫌いですか?」
「…嫌いでは、」
「包帯取っても大丈夫だと思います。さっきからこの場所、人ひとりも通ってないですし誰かに見られる心配はなさそう」


月子は周りを見渡して、それから無言になってしまった伊黒に視線を戻して首を傾げた。


「…こんな醜いものを傍で見せられて、食欲だって失せるに決まっているし団子だって不味くなる」
「そう思ってたら一緒に食べようなんて言いませんけど」
「…………」
「伊黒さんが自分のことをどう思おうが勝手ですが、わたしはあなたを醜いとか気味悪いとか一瞬も思ったことないのでわたしの食欲が失せたりこの団子が不味くなったりすることはありません」


―――わたしきっと、”変”だから。
そう言って目を柔らかく細めて少しだけ月子が微笑むから、口元の包帯も己の心も、いとも簡単に解けていってしまう。

それを不快に思わないのだから、自分も彼女のことを言えないくらい”変”だと伊黒は自覚せざるを得なかったのである。



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