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今任務を共にしている彼女がいくら柱候補になるほどの実力を兼ね備えているとはいえ、これは非常に良くない状況だった。

目の前にいる二体の鬼の一つ目に刻まれた”下肆”という字と、それを消すようにその字の上に刻まれたバツ印。そいつらが、元・十二鬼月である証拠だ。
そのことを月子が知っているのか知らないのか伊黒には分かりかねたが、鬼たちを前にしても彼女の表情や雰囲気に変化がないことは見て分かる。


「―…あの、伊黒さん」
「…………?」
「わたしがやって、いいんですか?」


針を弾いた刀を鞘に戻し、けろりとそう言った月子。

今までに月子が十二鬼月を斬ったという報告がないところを考えれば、元とはいえ十二鬼月と対峙したのはこれが初めてということだ。
それなのに怯むことも臆することもない様子の月子に、伊黒は戸惑ってしまい彼女の問いに返事をできないでいた。


「ネェ、ツマンナイカラ木登リハヤメヨウ?」
「モットタノシイ遊ビガアルヨ!」


ヒュッと一瞬の間に、伊黒と月子それぞれの前に一体ずつ姿を現した鬼。

―――ギィン…!
鬼が振り上げた腕と刀がぶつかり、鈍い大きな音がその場に響いた。

月子は軽々と鬼の腕を刀で受け止め思い切り跳ね返すことができたが、伊黒は受け止めた刀ごと身体を吹っ飛ばされてしまう。それは鬼の血が流れている月子と、人間である伊黒の“違い”だった。


「っ、伊黒さん…!」
「…問題ない。俺を見くびるな。おまえに心配されるほど弱くはない」


飛ばされた伊黒はその先にあった木の幹に足をつき、叩きつけられることなくしっかりと受け身をとれていた。
その様子にホッと息をついたのも束の間。まるで豪雨のように降り注いできたのは、鬼の爪による斬撃と針のように鋭く変化した髪による攻撃。

鬼の片方は伊黒を、もう片方は月子を襲う。
その二体は寸分の狂いもなく全く同じ動きをしながら攻撃を仕掛け、受け止めた刀から火花を散らしながら月子と伊黒はその攻撃を凌いでいた。


「―――蛇の呼吸・弐ノ型 挟頭の毒牙」
「……エッ」


そういった攻防が数分続いた時、伊黒が動いた。
彼の扱う蛇の呼吸による、うねるような斬撃は鬼の頸を見事に撥ね飛ばしたのだ。

その呼吸の名の通り伊黒の蛇のような動きに月子は一瞬見入ったが、自分もうかうかしていられないと敵の隙をついて刀を地面に突き刺した。

―――氷の呼吸・陸ノ型 氷塊返し。
地面に突き刺した刀を勢いを殺さないまま滑らせ、下から斜めに斬り上げて鬼の身体ごと頸を撥ねる。


「アー……、」


鬼が漏らした声と、シャララ…と粉氷が舞う音が混じり合った。

あのように美しい剣技は見たことがない。月子がそうであったように、今度は彼女の技に見惚れてしまった伊黒だったが、ズキッと頬に感じた痛みに意識を引き戻されることに。
防ぎきれなかった攻撃が、彼の顎から左目の下にかけて傷を残していたのだ。


「アッハハハ!ソンナ簡単ニ僕タチハ死ナナイ!」
「オ前タチ二人ヲ殺シテ、アノ御方ニマタ十二鬼月ニ戻シテモラウンダ!」


頸を斬られたはずの鬼たちは灰になり消えることなく、斬られた部分を再生させ、何事もなかったかのようにその場にいた。

月子は刃についた鬼の血を振り払いながら、スッと目を細める。
―――きっと、あの鬼たちは二人で一人。どっちもの頸を斬ったにしても、それはあの二体ほぼ同時のタイミングで斬らなければ殺すことはできない。


「伊黒さんこいつら、……伊黒さん?」
「ッ、は……はあっ…」


月子が振り向いた先には、苦しそうに浅く荒い呼吸を小刻みに繰り返し地面に蹲る伊黒の姿があった。

慌てて駈け寄って見てみれば、伊黒の顔に大きな傷が一閃あり、そこから顔全体に広がるように赤黒く血管が浮き出ている。口元の包帯は切り裂かれた箇所からハラリと解け、包帯下に隠されていた部分が見え隠れしていた。


「は、ッ…見る、な…っ」


呼吸するたびにどれだけ苦しくても、鬼そっちのけで自分の身を案じて顔を覗き込んでくる月子に伊黒は乞う。
―――”あの鬼”と同じように裂けた、己の口。自分が死にたくない為に多くの命を犠牲にした、人の形をした醜い化け物である証なのだ。


「……伊黒さん、」
「…ッ、…は…?」
「すぐ終わらせるので、もう少し辛抱してください」


ハッとして顔を上げた伊黒の視界に広がる、白と水色。ふわり、と口から下を隠すように伊黒の身を包んだのは月子の羽織だった。


「――……っ」


鼻孔をかすめた彼女の匂いと、羽織の温かさに何故か泣きそうになって。それからゆっくりと重力に任せて身体が後ろに倒れ、意識を失う直前に伊黒が見たのは白く輝く刀身によって撥ね飛ばされた二つの頸だった。