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満月と黒猫1



「ふあ、疲れた」


欠伸のせいで大きく開いた口を隠すこともせず、心許ない街灯の光が揺れる道を歩く。

今日も遅くなっちゃったな。さっきコンビニに寄ったときにスマホを見たらもうすぐで日付を超えそうな時間だったことを思い出した。

あー残業してきたのに結局は全部終わらなかった。これは明日も残業コースは免れないかもしれない。

そこまで考えて、大きく溜め息を吐いた。


「わー…」


溜め息のせいで下がった頭をバッと上げれば、一際その光を強く輝かせる真ん丸の月が目に入る。

…すごい、なんか普通の月よりおっきい。
今日はやけに夜道が明るいと思ったら、この月の光だったのか。

珍しいし、写真でも撮っておこうかな。
バッグからスマホを取り出してカメラモードに切り替える。


「んー…写真だとこの綺麗さが半減されるー」


上手く撮れるように角度や明るさなどを変えながら、その足を止めずに歩いていると。


「…あっ、!」


何かに引っ掛かって足が躓いた。
転ぶことはなかったけど、ビックリして心臓が飛び出そう。

め、めっちゃビックリした…!
前見ないで歩いてるからこうなるんだ、わたしのアホ。

バクバクと大きく鼓動する心臓を抑えて、何に躓いたのか確認しようと振り返る。


「…ねこ?、猫!?」


いつもより月の光が強くなければきっと気付けなかった。

真っ黒な猫が月光に淡く照らされている。


「し、死んでるのかな…」


可哀想とか思っちゃいけないんだったっけ…?
ていうか、轢かれたならもっと色々…こう、飛び出てるはずだと思うんだけど。

足元に横たわる黒猫は、とても綺麗な状態でだけど身動きひとつしない。
思わずしゃがみ込んでその小さい身体に掌をピタリとつけた。


「…生きてる、!」


呼吸で僅かに上下する身体に、ホッと息を吐く。

ん?でもこの猫ちゃんこのままここにほっておいたら…。
そう考えたらサーっと顔が青くなった。


「…あのマンション、ペットOKだったよね」


起こさないように優しくそっと猫を抱き上げる。

ここでこの子をこのままにしておいたがために、明日の通勤のとき嫌なものを見てしまうことになるかもしれない。

…朝からグロいものを見させられるのは勘弁だ。
それからわたしはできるだけ早足で家への帰路を駆けた。




▼▼▼


家に着いてから、まず猫をベッドの上に寝かせて
自分はシャワーや着替えを済ませた。

目を離すのが怖かったけど、シャワーを終えて部屋に戻るとシャワーに行くと変わらぬ様子でそこにいた黒猫ちゃん。


「野良にしては毛並みが良い…もふもふ」


首輪もついてないから飼い猫ではないのかな、と考えながら寒くないようにフワフワのタオルをかけてあげる。

スース―と微動だにせず眠りにつく黒猫は、どこか普通の猫とは違って見えた。


「…あれ、」


よく見ると、左手に怪我をしている。

もしかしてわたしが躓いたときに踏んづけちゃったり?
でもそれだとしたらフミャー!って痛みで起きると思うんだけど。

救急箱から細めの包帯を取り出して、患部にガーゼを当てて巻く。


「これでよし、と」


包帯の巻かれた小さな手を人差し指で撫でて、わたしも自分のベッドに入った。

今日は月が綺麗だからと、カーテンを少しだけ開けて。


「おやすみ、猫ちゃん」


月光に照らされて神々しいような猫の寝顔を見ながら、わたしはそっと瞼を閉じた。

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