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伝わる心



予定の日より2日遅れての先輩の送別会。
キッチンでリドルに指を咥えられた時にスマホが鳴ったのは、その予定変更を知らせるものだった。


「リドル、大丈夫かな…」


彼が風邪をひいた時みたいに、帰宅したら倒れてたとかあんな心臓に悪いことはもう嫌だ。

まあ一番は、わたしがいないときにリドルが元の世界へ帰ってしまう可能性の不安が大きいんだけど。


「カヤちゃん、飲んでる?」
「…沢村さん」


小さな居酒屋で行われた送別会での主役である、上司の沢村先輩がフラフラとわたしの隣に腰を下ろした。

もう出来上がってる…お酒くさい。

できるだけその不快感を顔に出さないようにしながら、わたしは笑顔を維持して返事をする。


「いやあ、俺さカヤちゃんのこと実はけっこう良いなって思ってたから会えなくなると思うと悲しいなぁ」
「ちょっと沢村先輩。カヤさんにそれ以上近づいたらセクハラで訴えますよ!」


わたしの後輩である女の子がギロッと睨みをきかせれば、そそくさと退散した先輩に苦笑した。

久しぶりのお酒だし、楽しいのは楽しいけど。
やっぱり頭の中ではずっとリドルのことを考えてて。

すっかり骨抜きにされしまっているんだなと改めて思う。

今日は帰りが遅くなることを伝えた時のリドルのあの不満そうな顔を思い出して、早めに切り上げて帰ろうと決めた。


「市村さん、」
「あ、鎌田さん。おつかれさまです」
「おつかれさま。これ、この店のおススメだから飲んでみなよ」


同僚の鎌田くんに渡された薄緑のカクテルを言われるままに飲んでみれば、甘くて爽やかなグリーンアップルの香りが口の中に広がる。

わー、おいしいかもこれ。
ビールとかよりこういう方が好きだからちょうど良かった。


「おいしい!ありがとね」


聞けば、そんなに度数も高いわけじゃないらしく飲みやすさもあってそれ以降はそのお酒ばかり頼んでしまっていた。


「…市村さん、大丈夫?」
「だ、大丈夫…」


これ、本当に度数低いのかな…?
わたしどのくらい飲んだっけ?

酔いでふわふわする頭ではきちんとした答えが出ず、わたしの意識はまどろんでいく。


「おーい、俺ちょっと市村さんタクシー乗せてくるわー!」


鎌田くんの声が聴こえて、ふわりと身体を持ち上げられた。


「歩けそう?」
「…ん、うん。ごめんね、迷惑かけて」


そのまま肩を抱かれて、きちんと他の人に挨拶をしてから2人で居酒屋を後にした。






外に出ればひんやりとした風が頬を撫でて、お酒のせいで熱くなった身体を冷やしてくれる。

はあ、いくら美味しいからってお酒はお酒。
あんなに調子に乗って呑むんじゃなかったなあ…。

鎌田くんにも迷惑かけちゃってるし、とわたしを支えながら隣を歩く彼を見上げた。


「市村さん、」
「…え?」


急に歩みを止めた彼はわたしに向き直ると、痛いくらいに肩を掴まれる。

視界に見える鎌田くんは普段の彼からは想像できないほどの悪どい笑みを浮かべていて、スーッと背筋が冷えていく。

怖い…こわい、逃げないと。
この手を早く振り払わないと…!

そう思うけど、酔いの回った身体と男女の力の差もあり彼はビクともしない。


「や、めて…離して!」
「大人しくしてなよ。優しくできないだろ?」
「い…ッ」


わたしはなんて軽率だったんだろう。
こんな好きでもなんでも無い男の人と2人きりになってしまうなんて。

近付いてくる彼の顔に、思わず涙が零れた。


嫌だ、きもちわるい、助けて。
―――…助けて、リドル。