小説 | ナノ
×
- ナノ -

想い合う




突然の休み希望で会社に迷惑かけてしまうと思ったけど「いつも残業してくれてるし全然大丈夫よ!」と社長が言ってくれたおかげで、リドルの看病のために今まで使う機会もなく溜まっていた有休を3日ほど消化。

リドルの体調は徐々に回復して、今は熱も下がり食欲も戻ってきていた。

明日は送別会もあるし仕事行って大丈夫そうかなー、と考えながら洗い物をしていると背後からヌッと白い手が伸びてくる。


「わ…!」


ガシャンと手に持っていたコップが音を立てて割れた。

び、びっくりした…。
お化けとかそういうの苦手なのに!

犯人であろうリドルを振り返ると、予想外の顔の近さにハッと息を止めてしまう。


「……っ」
「水、飲みたいと思ってきたんだけど」
「…わ、わざわざ気配消して近付かなくてもいいじゃん。すごくびっくりしたんだけど!」


愉快そうにニヤリと口角を上げたリドルはきっと確信犯。

少しだけ悔しくなったわたしは、そのままリドルに顔を近付けてゴチン!と額同士をぶつけた。


「…痛い」
「自分でやったんだろ…ほんとバカだよねカヤって」


思ったより石頭なんだね…リドルって。

そう言い返そうと思ったけどやめた。
彼には口では敵わないし絶対倍になって返ってくる。

リドルにはペットボトル飲料を冷蔵庫から持っていくよう伝えて、わたしはシンクへと視線を戻した。


「げ、割れちゃってる…」


可愛くてけっこう気に入ってたのになぁ。

泡がついたままの手を洗い流して、割れてしまったコップの破片に手を伸ばす。


「いっ…」


ピリッとした痛みが指先から痺れのように伝わり、傷口からはぷっくりと血が盛り上がっていた。

血が垂れないようにととりあえず指を口に持っていこうとすると、その指を自分じゃない誰かに咥えられる。


「……は、え?」


誰か、なんて分かりきってる。
だけどちょっと待ってなんでリドルが、わたしの指を咥えて…。

思わぬ事態に頭がおいつかない。

リドルがわたしの指から口を離すと、指と彼の唇を銀糸が細く繋いだ。

…まずい、非常にまずい。
今すぐにでも手を引いてリドルを押し退けたいのに。
押し退けなきゃいけないのに…。


「んっ…」


リドルの唇は再びわたしの指を捕えて、チュと音を立てて吸われ…ペロリと傷口を舐められて。

その感覚にゾクリと身体が震えて思わず声が漏れた。


「…カヤ、」
「リ、ドル…」


紅く染まったリドルの瞳と、わたしの血が微かに付着している彼の唇に魅入る。

年下で学生なはずなのにその表情はやけに妖艶で、目を離すことを許してくれない。
リドルの顔が近づいてくるのが分かる。

だめ、このままいったら…。


――リリリリリン。


「…ッ!?」


いきなりの騒音にビックリして、でもそのおかげでリドルから視線を逸らすことができた。

キッチンにあるテーブルの上でわたしのスマホが音を鳴らして震えているのが見える。

…よかった、危なかった。
あのままだったらきっとわたしとリドルは…。


「…こら!リドル!」


ハッとして、近いままだったリドルの顔を手で覆いググ…と引き離した。

顔から手をどかすと、彼の表情は不機嫌そう。

不機嫌とかそんなのもう知ったこっちゃない。
わたしの心臓なんかうるさすぎてこのままじゃ早死にしそうな勢いだよ…!


「…残念」


そう呟いて唇についた血を舌なめずりして拭うリドルに、クラリと軽く眩暈がした。

風邪をひいてからリドルはこう…積極的に今みたいに過激なスキンシップをしてくるようになった気がする。

その意図は分からないけど、彼の反応や様子を見る限りではからかってるようにしか見えない。


「はあー…」


ペットボトルを持っておとなしくリビングへ戻っていくリドルの背中を見て、深く息を吐いた。

リドルは元の世界でもあんな風に色んな女の子に、キスを迫ったりしていたのだろうか。

それを考えるとモヤモヤと心がざわめき、自分だけであってほしいと願ってしまう。


「…あーあ」


抱いてはいけない想い、好きになってはいけない。

けれど、もう。


「手遅れだ…」


わたしはリドルに恋してる。