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ふたりの気持ち




朝起きると必ずリドルは起きていて、自分の部屋ではなくリビングにいることがほとんどだ。

ソファは3人掛けで広いのに、端っこに座るリドルのいつもの姿が今日は何となく目に付いて小さく笑いを零してしまった。


「リドル。これあげる」
「…?」


朝のニュース番組をつまらなそうに見ているリドルの手にチャリン、と金属音を乗せる。

それを摘み上げてジッと見つめるリドルに苦笑してから、わたしは鏡の前で髪を結い始めた。


「合鍵だよ。リドルもそろそろこの辺りの地理覚えてきただろうし、自由に出掛けられた方がいいのかなって思って作っておいた!」
「…ふうん。ま、僕が自分から外に出ることはあまり無いから必要ないかもしれないけど」


そう言いながらも貰ってくれるらしい。
何か通すものない?と聞いてくるリドルに、首から下げられるように細いチェーンを手渡す。

リドルは本当に家に籠りすぎな気がする。
もともとの肌が白いのもあると思うけど、最近は一段とその白さが目立っていた。

それにしても綺麗な肌で羨ましいことこの上ない!


「今日は残業してくる予定だから帰り遅くなるのもあるし、先に寝ちゃってていいからね」
「…別にカヤが遅くなくてもいつも僕は僕の好きにしてるよ」


それもそうか、とわたしが笑うとリドルはピクリと片眉を上げただけでそれ以上は何も言わなかった。

うん、リドルの憎まれ口にも慣れてきた。
大人びてるけど子供っぽいところもあるというのも、彼の魅力の1つなのだろうと思う。


「朝はホットケーキ焼いてあるから食べてね」
「…うん」
「お昼はわたし1回帰ってくるからそのとき作るね」
「…うん」


ちゃんと聞いてるのかな、リドル。

読書に夢中なのか空返事気味の彼に小さく溜め息をついて、腕時計の指す時間に急かされる。


「んじゃ、いってきます!」
「、いってらっしゃい…」


リドルの異変に気付けないまま、わたしは仕事へと向かったのだった。




▼▼▼[リドル視点]


思えば朝起きた時から身体が変だった。
ズキズキと頭は痛み、気怠く、暑いのに寒い。

仕事に行くカヤを背中で見送った時まではここまで酷いものでは無かったから平然としていられたが、今はもう歩く気すら起きない。

BGMのようにつけられていたテレビ画面をボーッと
見やれば、その画面に表示された時間は11時過ぎ。


「はあ…っ、」


カヤは今日は残業して遅くなると言っていた。

仕事の日は残業してなくとも21時過ぎに帰ってくる彼女だ、きっと今日は日付を優に超えるのだろう。


「チッ…」


実に不便だと思った。
ここが魔法界であるならば、風邪くらい自分で薬を調合して…と彼女の力なんて借りずに何やかんや出来たはずなのに。

だが魔法族であろうがマグルであろうが人という生物に変わりはない。
人が病に冒される以上、病を治す薬は必ずある。

そう考えて荒い呼吸を整えながら自分の首元を見た。
今朝カヤが渡してきた小さな鍵。


「…寒い、な」


しかし残念ながら、今から外に出て薬を買ってくる気力など今の僕には残されていなかった。

ソファに身体を横たえて、アクシオで自分の部屋から掛け布団を呼び寄せる。

ただの風邪だ、寝れば治る。

そう思って目を閉じたが、シンと静まりかえる部屋に鳴り響く時計の秒を刻む音がやけに耳について眠れない。


「………っ、」


まるで世界に自分ひとりになってしまったような。
僕の心を恐怖と不安が支配し始める。

身体が弱って頭が回らないからか。
それとも何か別の感情からなのか…。


「…カヤ、」


譫言のように彼女の名前を紡いだ。

その瞬間、無性にカヤに会いたくなった。


「カヤ…っ」


再び、情けない声が無意識に彼女を呼ぶ。

僕は重い身体をソファから起こして、その身体に鞭を打つようにフラフラとある場所へ向かった。

その部屋に入ってすぐに鼻腔を掠めたのは、僕の部屋にもリビングにもない香り。
…カヤの香りだ。

僕はそのまま覚束無い足取りで彼女がいつも寝ているであろうベッドに倒れるように沈む。

妙に安心して、落ち着くカヤの香りに包まれれば僕の意識はすぐにまどろんでいった。

カヤ、早く帰ってきて。