別れの時
***
「はあー楽しかったなあ」
帰りの電車の時間の都合でナイトパレードまでは見れず、陽が沈む前にパークを出て家の近くの最寄まで帰ってきていた。
まだ下がり切らないテンションのまま駅を出れば、真っ暗な夜空に大きなそしてとても強い光を放つ綺麗な月がわたし達を照らしている。
「カヤ、上見ながら歩いていたら転ぶよ」
リドルはわたしの手をギュッと握る。
今日1日ずっとこうして歩いていたのに、リドルと手を繋ぐと胸がドキドキするのに変わりはない。
それに、手から伝わるリドルの暖かさが…まだ彼はここにいるのだと示してくれてるからとても安心する。
「リドル、今日楽しめた?」
いくらわたしには楽しそうに見えても、やっぱり本人から聞くまでは不安だ。
元々あまり外にも出ないリドルが1日中こうして外を出歩きっぱなしなのは初めてのことだったし、途中けっこう休憩も挟むことも多かった。
そう思うとやっぱり無理させてた、よねきっと。
少し顔を俯かせてしまうと、リドルの小さな笑い声が聴こえた。
「―…楽しかった」
「……っ!」
月明かりに照らされたリドルはすごく神秘的で、綺麗。
完全に魅入ってしまい、目が逸らせずにいるとリドルは口角を上げてわたしに向き合い触れるだけのキスをした。
「不思議だよね。楽しそうなカヤを見ていたら、僕までそういう気持ちになっていく」
眉尻を下げて困ったように笑うリドルに、キュンと胸が締め付けられる。
大好きで、愛おしくて、離れたくなくて。
何故か溢れてきた涙をそのままに、リドルにぎゅうっと抱き着いた。
「カヤ、」
「…リドル」
「いつも、いつまでも君だけを愛してる」
耳元で囁かれた愛の言葉は、甘く切なくわたしの鼓膜を震わせる。
「リドル、わたしも…ッ!」
同じように自分の気持ちを伝えようとした刹那。
わたしを包み込んでいた体温が、急になくなっていった。
背中に回された大きな手の感覚も、頬に触れてくすぐったい彼の髪の感触も。
―…目の前に、リドルはいなかった。
「リ、ドル…?」
カラカラに乾いた声が彼を呼ぶ。
ニャー。
返事の代わりに聞こえたのは猫の鳴き声で、わたしは弾かれたように鳴き声のした足元へと視線を向けた。
「まさか、」
足元にいたのは赤い瞳をした、黒い猫。
わたしがリドルと出会う前に拾った猫と、そっくりだ。
ああ、やっぱりあの時の黒猫はリドルだった。
「…リドルでしょう?」
黒猫は小さく鳴く。
わたしはグッと下唇を噛んで、そっと猫を抱き上げた。
あったかい…。
わたしを包んでくれるような暖かさはなかったけれど、確かにリドルの体温はわたしの身体に伝わってくる。
「ねえ、リドル。わたしと一緒にいて、少しでも幸せって思ってくれたかな」
別れがもうすぐそこまできていることは分かっていた。
だからこそ、そう問いかけずにはいられなかった。
猫の姿になってしまっているリドルからの返事はすべて鳴き声に変わってしまっていたけれど、何かを伝えようとしているその姿に…もう耐えられそうに、ない。
「リドル、わたしリドルと会えて本当に良かった。意地悪だけど優しくて…わたしのことを愛してくれたリドルのことを、わたしもッ、…っあい、して…」
抑えきれない感情と涙によって途切れたリドルへの言葉は、彼へきちんと伝わっただろうか。
リドルは綺麗な赤色の瞳でわたしを見つめてそしてこちらに顔を寄せると、涙を静かに舐めとった。
「…また、会えるよね?」
ニャー。(カヤ)
リドルに呼ばれた気がして、わたしは彼を抱き締める腕にそっと力を込めた。
そして、それから。
腕の中の小さな温もりも、消えていく。
「ばかリドル…っ」
泣き崩れたわたしの頬を風が撫でた。
無意識に耳へと手を伸ばすと、リドルがくれたピアスは消えずに確かにわたしの左耳に残っていた。
じんわりと暖かさを持っているそれに、わたしの胸は熱くなる。
また絶対会えるって信じてる、リドルが見つけてくれる。
探してくれるって言ってくれたから。
「…ふ、っ」
でも、やっぱり隣にいないのは…寂しいよ、リドル。
(出会いも別れも、満月の夜)
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