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幸福の魔法



リドルと同じ色の瞳に、なぜかホッとする。
ほう、と息を吐いたときふとリドルの右肩に同じように青白く半透明なものが見えてわたしは目を見開いた。

小さく細いそれは、蛇。

どこか穏やかな表情をしているように見えるその蛇は、わたしにチロチロと舌を出して鎌首をもたげている。

あれってまさかリドルの守護霊なのかな。
そう考えているうちに小さなライオンは空中から移動して、わたしとリドルの周りをクルクルと何回か回った後にスッと窓の外へと消えていった。

リドルの肩に乗っていた半透明の蛇も、そのライオンに寄り添うように浮かんで消える。


「はあー…」


思わず感嘆の息を漏らしてしまう。

ライオンやら蛇やら現実で目の前にしたら怖い生き物だけど、守護霊となるとあんなにも綺麗なものなんだ。


「リドル、あれってどんな魔法なの?」


再び布団へと身体を戻した後、目の前のリドルに問いかける。


「あれはパトローナス、つまり守護霊を召喚させる魔法だ。大人の魔法使いでも十分に使える者は少ない」
「そ、そんな大層な魔法をわたしなんかが…。やっぱりあれってリドルが出したんじゃないかなあ」

「―…僕には使えない」


リドルはそう言ってスッと目を伏せた。

無表情ではない、かと言ってどんな表情かと言われればそれも分からないような。
そんな表情をしているリドルに、何か言いたかったけれど口が開いただけで言葉が出てこない。


「あの魔法は、術者の心や感情が幸福で満たされた時でないと使えない。…僕には心が満たされるほどの幸福なんて、」

「…ばかリドル」
「……カヤ?」


リドルの言葉が、わたしと一緒に過ごした日々はまだそんなに長いものじゃないし、リドルにとっては幸福とまで言えるほどのことでもなかったのかもしれないと思うと棘のように胸に突き刺さった。

そこまで思ったけど、きっとそうじゃない。

わたしに想いを伝える時のリドル、想いを伝えられた時のリドル。
わたしの中でのリドルは、嬉しそうな彼も幸せそうな彼もいる。

さっきリドルの肩に見た蛇は、紛れもなく彼の守護霊だと思う。
リドルは自分の感情にすごく疎いんだと、わたしは少しだけ悲しくなった。


「リドル、わたしは今リドルと一緒にいられて超絶幸せだよ」
「…カヤ。僕は…」


何か言おうとして口を噤んでしまったリドルに苦笑して、わたしは彼の額に唇を寄せる。

あまり自分からこういうのしたことないからすごく恥ずかしかったけど。
今のリドルは、いつも強気で自信満々なリドルじゃなくてお留守番させられた子供のようなそんな表情をしててキュンと母性が擽られたせいだ。

初めてリドルがちゃんと自分より年下に見えたかもしれないなぁ。
ふふ、と小さく笑うとリドルがピクリと片眉を上げた。


「今じゃなくてもいいよ。いつかリドルの口から幸せだって言葉が聞けたらいいな…」


きちんと最後までそう言えたかは分からない。

急にやってきた眠気でまどろむ意識の中、リドルが何かを呟いたのが見えたのを最後にそのままわたしは眠りに落ちてしまった。