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幸福の魔法



▼▼▼


『スーパームーンまであと一週間になりましたね』
『いやあ、楽しみですね!』

夕飯の後片付けをキッチンでしていると、リビングから響いてきたテレビの会話。

スーパームーンは満月や新月と、楕円軌道における月の地球への最接近が重なることによって地球から見た月の円盤が最大に見えることにより通常よりも月が大きく明るく見えることを言う。

画面の中の解説者らしき人がそう説明するのを聞きながら手を進めて、最後の食器を洗い終えた。


「そういえば、」


リビングに戻ってきたわたしがリドルの背後で呟けば、彼はテレビから視線を外してわたしに視線を寄越す。


「リドルと初めて会った時に言ったと思うけど、わたし達が出会うきっかけになったのって黒猫を拾ったことだって言ったじゃない?その時も、すごく綺麗な満月の日だったんだよ」
「へえ………」


反応の薄いリドルを不思議に思っていると、彼は左耳につけてあるお揃いのピアスを触りながら何やら考え込んでしまった。

わたし何か変なこと言っちゃったのかな…。

不安になりながらリドルのアクションを待っていると、不意に伸びてきた手に顔をグイッと引き寄せられてそのまま触れるだけのキスをされる。


「…リドル?」
「カヤ、今日はもうベッドに入ろう」
「え、まだ21時にもなってないよ?」
「いいから。ダダこねるとホラー映像見せるぞ」
「…はい、ごめんなさい」


満足そうに口角を上げたリドルに手を引かれて、わたしの部屋へと向かった。





▼▼▼


いつものようにわたしを後ろから抱き込んでいるリドルに、やっぱり違和感を感じる。
元気がないというか、すごく何か思い詰めているようなそんな感じ。

布団に入って15分くらい経つけれど、きっとリドルはまだ寝てない。
そんな確証を持ちながら、わたしはクルリと身体を反転させてリドルと向き合うようにした。


「カヤ、?」


カチリと合わさる視線。
やっぱり起きてた、と小さく笑いを零すとリドルは無表情のままわたしを抱きしめる力を強めた。


「―…きっと近いうちに別れがくる」
「……ッ」


ヒュッと一瞬だけ息をするのを忘れた。
きっと、なんて不確定な言葉なのにどこか確信めいたリドルの言い方に胸がバクバクと大きく音を立てていく。

自分で思うのと、リドルからはっきりと言葉にして言われるのとでは全く違う。
こういう時の彼からの言葉はいつも的確で、そして間違っていることはほどんどない。


「…そ、っかあ」


そう言うだけで、今は精一杯だった。
泣かない、泣かない、泣かない。

リドルと別れが来てしまうことは何も今初めて知ったようなことでもない。
この話題が出る度に泣いてたんじゃ、リドルだって呆れてしまう。

グッと唇を噛んで、リドルを見つめた。


「でも、わたしは信じてるから」
「…カヤ」
「だから大丈夫。離れてても近くに感じれる、離れてもまた会える」


自然と触れていた自分の右耳にあるピアスが、熱を持つ。


「わたしの夢を叶える為にも、わたしの傍にはリドルが必要不可欠なんだから!」


泣かないと決めたのにぼやける視界を無視して、わたしはできるだけの笑顔でそう伝ええた。

その時だった。


「ひゃ…、!」


リドルとわたしの間を何か青白いものが通り過ぎていったのだ。

ポルターガイスト!?
幽霊はいてもいいけど見えるのだけは嫌だ…っ。

思わず目の前のリドルに抱き着こうとしたけど、リドルは素早く上半身を起こして目を見開いたまま空中を凝視していた。


「リドル…?」


彼の視線につられて、同じ方に目を向ける。
空中に浮遊していたのは、青白くてだけど神々しい光を放つ大きなライオンだった。


「え、リドルこれなんの魔法?」


幽霊ではないのは見たら分かる。
だからてっきりリドルが何かの魔法でこれを出したのだと思ったんだけど…彼の驚きようからするとそれも違うみたいだ。


「これは、まさか守護霊の…」
「守護霊?」
「パトローナス。この獅子はカヤのピアスから光を纏って現れた。…僕じゃなく、君が使ったんだ。守護霊の魔法を」


わたし魔法を使った、とリドルは驚くべきことを口にする。

確かにリドルは自分の魔力の入ったピアスを通してわたしが魔法を使えるようになる可能性の話をしていたけど、それは限りなくゼロに近いと言っていた。

まさか本当にわたしが、無意識のうちにこんなに素敵なものを創り出す魔法を…?


「推測だが、僕の魔力と君との相性が良かった。もしくは…」


カヤにも秘められた魔力があるのかもしれない、と呟いた後にリドルは顎に手を添えて思考を巡らせ始めた。

わたしはそんなリドルの言葉に更に驚きつつも、呆然と目の前のライオンを見つめる。

それは本物よりもひと回りかもう少し小さいくらいで、青白く半透明な容態をしているのにその瞳だけ赤く輝いていた。