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伝わる心




▼▼▼


リドルに抱き上げられたまま帰宅する。
家までの距離はいつもよりすごく長く感じて、わたしは何も話さないリドルに不安になりながらその首元にずっと抱き着いていた。

玄関を開けて家に入ってもリドルはわたしを下ろそうとはせず、わたしも離れたくなかった。

リドルは電気も付けずに真っ直ぐわたしの部屋へ向かって、ベッドの上にゆっくりとわたしを下ろす。


「…カヤ、」
「ん……」


わたしの両頬を暖かいリドルの手で包み込まれる。

ひどく安心して、止まったはずの涙がまた溢れてくるのが分かった。

あんな風に強引に、男の人に襲われそうになったのはあれが初めてのことであんなに怖いと思った事は他にない。

あのままリドルが来てくれなかったら、一体どうなっていたんだろう。
考えるだけでもゾッとして、わたしはブルッと身体を震わせた。


「…頼むから、もう僕以外の男と2人きりになるのはやめてくれないか」
「う、ん…っ」
「あんな思いは二度と御免だ。怒りでどうにかなりそうだった」


あんな事があったというのに。
不謹慎にも、リドルが心配してわたしのために怒ってくれてる事実が嬉しくて段々と身体が暖かくなる。

リドルがいてくれて良かった…本当に。

わたしは改めて、彼の澄んだ黒い瞳を見つめながらありがとうと感謝を口にした。

この世界に来てくれてありがとう。
傍にいてくれてありがとう。
助けてくれてありがとう。

一言のありがとうに、たくさんの意味の感謝を込めて。


「カヤ、僕は…」


キュッと切なげにリドルの眉が下がっている。
彼が風邪をひいた時に見た表情と同じだった。

ドキンと心臓が音を立てて、鼓動が速くなる。
頬に添えられた手から、彼にそのドキドキが伝わってしまわないかと急に恥ずかしくなった。

リドルが親指の腹でわたしの頬を撫でてくる。

やばい、かもしれない。
酔いはとっくに覚めてるはずなのに…。


「………っ」


リドルが顔を近付けてきて、あっと驚く間もなく唇を奪われてしまった。

押し付けるような少し強引で、でも優しさを感じるようなキスに頭がボーッとする。

わたし、リドルとキスしてる…。

唇から離れた温もりに名残惜しさを感じて、キュッと口を結んでいるとリドルは自分の髪をくしゃりと潰した。


「…っこれじゃあ、あの男と変わらないな…僕も」


自嘲するように彼が呟く。

そんな風に思って欲しくなかった。
だってリドルとあの男なんて、比べるまでもない。


「わたし、リドルじゃなきゃ…嫌だよ」
「…カヤ?」
「リドル以外は嫌だ。リドルなら、いいも…んっ」


最後に発した言葉ごと、リドルの口付けによって飲み込まれていった。


「んっ…ん、」
「はぁ…カヤ」


水音を立てながら何回も角度を変えてやってくる彼のキスに、必死に応える。
どんなに甘いお菓子でも、このキスには敵わないと思うほどにリドルとのキスに酔いしれていた。

好き、リドル…本当に好き。
今のわたしの心は、ただその想いでいっぱいだ。

たまらなく幸せで心が満たされて、リドルがわたしの唇を解放した瞬間に。
自由になった口から彼への想いが零れた。


「リドル…好き、大好き…なの」
「カヤ…」


驚きに目を見開くリドル。

叶わないって分かってる。
受け入れてもらえないって分かってる。
だけど、どうしても…この想いを知っておいて欲しかった。


「ご、めん。迷惑だよね、こんな風に思われてさ…」
「…カヤ、」
「大丈夫!知っててほしかっただけなんだ…。だから、」
「カヤ!」
「………ッ」


リドルの顔を見ないようにしてたのに、無理やり顔を合わせられる。
その衝撃で、目に溜まっていた涙がポロリと頬を伝うと、その涙をリドルの唇が掬った。


「…リドル?」
「カヤ、君が僕という人間をどう思ってるかは知らないけど…」


リドルはわたしの額と自分のそれをくっつける。


「僕が、好きでもないような相手にキスなんてするような男に見えるのか?」


こんな至近距離で真っ直ぐ見つめられながら、そんなことを言われてしまえば自惚れてしまう。

リドルの好きな相手はわたしなのだと。
本当に?…リドルは本当にわたしのことが…。


「信じてないよね」
「だ、だってそんな…リドルがわたしをす、好きだなんて夢にも思ってないし…っ」
「はあ…あのさ、普通何とも思ってないような人にあれだけキス迫ったりすると思う?」
「…し、しない…と思う」


ただそういうのに免疫のない日本人であるわたしの反応が面白いからって、ただからかってるだけかと思ってた。

だけど、リドルがそういう人じゃないって思うとば確か好きでもない人にあそこまで迫ることは普通はしない…よね。


「カヤ、僕は君が好きだ」


誰の目にも触れさせずに閉じ込めておきたいくらいにね。

そう言ってニヤリと笑うリドルの瞳はまた、いつの間にか紅い色を光らせていて。


「でも、いいの?…いつか必ず離れ離れになっちゃうんだよ」
「仮に離れたとしても、僕は必ず君を見つける。だから君も僕を探してよ」
「…ッ。そうすれば会える?」
「僕がカヤを逃がすとでも思ってる?」


自信満々で言うリドルに、わたしが思い悩んでいたことが馬鹿らしく思えてしまった。

リドルって口だけじゃなくて何でも有言実行してしまうような、変な説得力があるからすごい。

わたしはおかしくなってクスリと笑いを零す。


「…疲れた、寝るよカヤ」
「あ、え…このまま?一緒に?」
「当たり前。この前の時もそうだけど、好きな子と一緒に寝て手を出さなかったことは褒めてしいよ」
「お、襲われる…!?」
「人聞きの悪い…ほら、布団入って。今日は本当に僕も疲れたし手を出すのはまた今度にするから」
「うー…」


後ろから抱き締められるリドルの温もりと、リドルがたまに呼ぶ自分の名前に心を満たされて愛おしさが募りに募る。

しばらくは寝れないかと思ったけど、お酒が入っていたせいもあってかわたしはすぐに眠りについた。

リドルと想いが繋がった、運命の夜のことだった。