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伝わる心




▼▼▼[リドル視点]


飲み会とやらで遅くなるというカヤを迎えに行こうと思い立ったのはつい数分前のことだった。

心許ない街灯に照らされる道を進んでいくと、そういえばと足を止める。

カヤがいる場所も分からないのにどうやって見つけるか。
それを考えることも無く家から出てきたのだ。
どうやら僕は相当カヤのことが心配で、彼女に早く会いたかったらしい。

絆されまくりの自分を鼻で笑いたくなった。


「…確かこっちか」


職場の近くの店だとカヤは言ってたはずだと僕はポケットから一枚の紙を取り出して、ルーモスの灯りを頼りに眺める。

何かあった時のために、と僕が風邪をひいたことをきっかけにカヤが書いて渡してきた彼女の職場までの地図だ。

彼女の意外と高い絵画センスに少し感心しながら、僕は歩みを進めた。




▼▼▼


カヤを見つけたと思ったら、僕が一番懸念していた事態になっていた。

彼女に迫る、見知らぬ男。
カヤの表情を見る限りではそれが同意の元とは到底思えない。

ぶわっと感情の渦が僕を支配する。
眼の奥が熱くなり、コントロールしきれない魔力が感情の波と共に放出されるのが分かった。


「レダクト」


ガァアン!という大きな衝撃音と共に地面に大きく開いた穴。
破片がカヤに当たらないようにすぐさまプロテゴも唱える。

あの男に直接当てなかっただけ褒めてほしい。
そう冷静に考えながらも、倒れこむカヤを一瞥してから男を見下ろして杖を向けた。


「カヤに手を出すなんて、余程死にたいらしい」


自分でも驚くほどの声音の低さに僕はひどく激昂してることを自覚する。

周りの木々がざわざわと騒がしくなって強い風が吹き、月が雲に覆い隠されて夜の空間はその闇を増した。

魔力をおさえられていない証拠だ。


「ヒッ!な、なんだお前…!」
「黙れ」


耳障りな声が出せないようにシレンシオで黙らせて、地面につけられたそいつの手を思いきり踏み潰す。


「リドル…」


カヤが小さな声で僕を呼んだのが聞こえた。


「選ばせてやる。自ら死ぬか、僕に殺されるか」


手を出した相手が悪かったんだ。
カヤ以外の女であればいくらでも好きなようにできただろうに。

紅く染まっているであろう瞳に殺気を込めて男を見れば、その顔を恐怖に歪めていた。

ああ、もう見ていたくない。
それ以上僕の視界に映るな。

迷うことなく、僕は許されざる呪文を唱えようとした。


「リドル…!」


その時、ドンと背中に衝撃を感じて僕のお腹に小さな手が回されているのに気付いた。


「…カヤ、離せ」
「や、やだ!リドル、落ち着いてよ…」
「落ち着く?これが落ち着いていられることか?僕の知らないところで君がどこの誰とも分からない男に襲われてたんだぞ…!」
「………ッ」


感情のままに言葉をぶつければ、カヤはビクリと肩を揺らして…それでも僕の身体を離すことはしなかった。


「………はあ」


カヤに抱き着かれ、あの暖かい色の瞳に見つめられ。
僕の心は少しずつ落ち着きを取り戻していく。

しかしあの男への怒りが収まることはない。


「オブリビエイト」


男の記憶を奪い、情けなく気を失った奴に蹴りを入れる。
これくらいで済んで幸運だったと思え。

気絶した奴が死んだと勘違いしたのか、カヤが冷たい手で僕の手を握ってくる。


「帰るよ」
「…あっ」


カヤを抱き上げて、歩き出した。
腕の中に感じる彼女の体温にホッと息を吐く。


「ごめん、リドル…っありがとう…」


帰り道。

カヤは、子供のように泣きじゃくりながら謝罪と感謝の言葉を繰り返していた。
僕はただ安心させるように腕に力を込めた。