ふたりの気持ち
▼▼▼[リドル視点]
夢を見た。懐かしくて忌々しい夢。
孤児院で風邪を引いて寝込んだ時、他の人に伝染さないようにと自室に隔離されて大人は食事を運んでくるだけで早々に去っていく。
このまま死んでしまうのかと思った。
ただの風邪なのに心細くて、辛くて、苦しくて。
寒くて寒くて…叶わないと思ってても誰かの温もりを知らないうちに求めて右手を宙に彷徨わせた。
「……っ、」
誰も触れることがないと思っていた手が、暖かな温もりに包まれる。
「リドル」
太陽のように優しく包み込む彼女の声が、暗闇にいる僕を照らし出した。
…カヤ、カヤ。
夢の中で何度も名前を呼ぶ。
彼女も僕の名前を何度も呼び返した。
その声に導かれて、僕の瞳は眩しい光を映し出す。
ボヤける視界に目を擦れば鮮明に見えてきた。
眠る前と変わらず、彼女の香りが僕を迎える。
…カヤの部屋で寝てしまったのか僕は。
「…、はあ」
喉が渇いて水を飲もうと立ち上がろうとした時、右手が何かに包まれているのに気がついた。
「カヤ…」
スースーと規則正しい寝息を立てながら眠る彼女は、僕の右手をその小さな両手で握っている。
ジン、とカヤの熱が手を伝って僕の冷たくなっている手を徐々に暖かくしていった。
誰にも握られることはないと思っていた自分の手。
カヤは寝ているのにも関わらずその手を離す気配はない。
堪らなかった。堪らなく心が満たされた。
カヤから与えられる温もりがあまりにも心地良くて、目を細める。
「…好きだ、」
口をついて出た言葉に自分でも驚いた。
その言葉はスッと僕の中に入っていく。
僕が嫌いなマグルのカヤ。
けれど、そんなもの関係ないと思えるほどにカヤの存在は僕の中で大きくなっていた。
…僕には、カヤが必要だ。
僕という人間に温もりを与えてくれる彼女。
僕という人間に笑顔を向けてくれる彼女。
愛しさが募って、カヤの髪をそっと梳いた。
「んー…っ」
身じろぐ彼女の瞼がゆっくりと開いて。
「…おはよう、リドル」
そう言って、起きたばかりのふにゃふにゃな笑顔を僕に向ける。
その瞬間、ハッキリと自覚する。
僕の心はカヤに奪われてしまっているのだと。
「…おはよう、カヤ」
そして彼女は驚いたように目を見開いてから、また優しく僕に微笑みかけたのだった。
▼▼▼
リドルが目を覚まし、寝てしまっていたわたしも目を覚ました。
時計を見ると16時ちょい過ぎ。
会社に午後から休みの連絡を入れておいてよかった。
わたしはうーんと伸びをして立ち上がる。
「寒くない?」
「少し」
「お腹減ってない?」
「減ってない」
「薬のむために少しは食べないと」
「…分かったよ」
「それから、」
「…カヤ」
小さな溜め息と同時にリドルはわたしを呼んで言葉を遮った。
「とりあえず、着替えさせてくれないか?」
「…あ、えっ?」
き、着替えさせるってわたしが?
ボッと顔に熱が集まるのが分かる。
今まで誰かを看病なんてしたことないからどこまでするのが正解なのか分からないけど…。
きっとリドルは自分で着替えができないくらい体調が悪いんだ。
なるべく安静にしてた方がいいのだろうし、着替えさせてあげるのも看病の…。
「ねえ、カヤ」
「…だ、大丈夫できる。あんまり見ないようにするから…!」
上半身だけ起こしてベッドに座るリドルに近付いて
、顔を見ないようにしながら彼のシャツに手をかけた。
プツン、プツンとボタンをゆっくり外していく。
緊張と恥ずかしさで手が震える。
これじゃリドルを意識してるってバレてしまう…。
これは看病これは看病、と自分に必死に言い聞かせてやっと最後のボタンに手を添えると。
「ストップ」
わたしの震える手をリドルの大きな手が掴んだ。
ハッとしてリドルの顔を見てしまった。
彼は熱が上がってきたのか最初よりさらに顔を赤くさせていて、その表情はどこか切なそうで眉尻が下がっている。
風邪のせいと分かっているのに、リドルの熱っぽい紅の瞳に見つめられて身体が燃え上がりそうなくらい熱くなった。
わたし、きっと今顔真っ赤だ…。
リドルの顔をそれ以上見ていられなくて、握られた手をそのままにギュッと目を瞑る。
「…僕の言い方が悪かったな」
「ん、?」
大きく息を吐いたリドルは、自分の髪をくしゃりとさせて苦笑した。
「着替えは自分でやるよ。…その間になにか水分と、薬をのむために何かお腹に入るもの用意してきてくれない?」
着替えさせてくれってまさか、そういう意味?
着替えるから席を外せってことだった?
「……!」
とんでもない勘違いをしてしまった。
そしてとんでもなく大胆なことも…。
「ご、ごめんーッ!」
わたしは逃げるようにして部屋を出る。
ばか、大ばか、アホ。
わたしはなんつー勘違いを…。
というか普通に考えたらそういう意味だって分かるじゃない。
「ばかだ…」
バクバクとうるさい心臓と顔の熱が冷めやらず、わたしはそのまま洗面所に向かい冷水で顔をピシャリと濡らした。
目の前の鏡に映るわたしは水に濡れても、その顔は茹蛸のように赤いままで…ガックリと項垂れる。
「…お粥、作ろ」
深い溜め息と同時に呟いて、わたしはキッチンへと向かったのだった。
「はあ、カヤといたら熱下がる気がしない…」
一方、部屋に残されたリドルが悩ましげに、少し愉しげにそう呟いていたなんてわたしは知る由もなかった。
← →