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ふたりの気持ち



▼▼▼


仕事がひと段落した12時過ぎ。
上司に断りを入れて1度家に帰ってきた。

今日の休憩は1時間半あるからゆっくりできるかな。
そんなことを考えながら玄関のドアを開けた。


「ただいまー」


今までリドルからおかえりが返ってきたことはないから、反応がなくても特に気にすることはない。

どうせまた部屋に籠って読書でもしてるんだろうなぁ。
それを邪魔されて顔を顰めるリドルが容易に想像できて、わたしはクスリと笑った。


「…あれ?」


リビングに行くと、テレビが付けっぱなしだった。
ソファの近くにはリドルが使っている掛け布団が無造作に置かれている。

おかしいな…リドルがテレビ付けたままなんてこと今までなかったのに。


「リドルー?」


リビングにいないとなるとあとは彼の部屋しかない。

床に置かれている掛け布団を手に持って、
わたしはリドルの部屋へ向かう。

部屋に入るときはノックをして返事があるまでは入ってくるな、というリドルの要望通りにまずはコンコンとノックした。

少し待ってみるけど返事はない。


「寝てるのかな…」


それか鍵を渡したから出かけてるのかも。

どちらにしても気になるものは気になる。
リドルからの返事はもらえてないけど、わたしは
部屋のドアノブに手をかけた。


「…いない」


部屋の中はもぬけの殻。

じゃあやっぱり出かけた?
でも鍵を渡したとき、リドルは必要ないって言ってたくらいだしそれも可能性としては低い気が…。


「………っ」


その時、なぜか焦燥感がわたしの中を埋め尽くした。


急いでトイレやお風呂を確認するけど彼の姿は見当たらない。

リビングに戻ってソファに座ると、テーブルの下に何かが転がっているのを見つけた。


「これ、」


それはリドルが肌身離さず持っている、杖だ。
杖を持たないで出掛けるなんてリドルは絶対にしない。

わたしはそれを拾い上げてしばらく眺める。


…リドルは、もしかしたら元の世界に帰っちゃったのかもしれない。
形見みたいに杖だけを残して。

嘘だと思いたかった。
だってわたしはできることならリドルとこれからもずっと…。


「……ッ?」


考えをめぐらせようとしたとき、カタリと何かの物音がどこからか聞こえた。

…わたしの部屋の方だ。
立ち上がって、恐る恐る自分の部屋の前へ向かいドアを開ける。


「…い、いた」


わたしのベッドで寝ている彼は、まさしくリドル。

安心しすぎて思わずへたり込む。

もう…なんでわたしの部屋にいるの。
そんなの、分かるわけないじゃんか。

じわりと視界をぼやけさせる涙をグッと拭って、わたしはベッドまで足を進めた。

傍に寄って、床に腰を下ろす。


「はあ…」


リドルが元の世界に帰ってしまった。
そう考えたとき、すごく寂しくて悲しいと思った。

どうして、そう思うんだろう。
リドルと離れたくないって強く思うのは…なぜ?


「わ、たし…」


まさかわたしは、リドルのことが好き?

…分からない。
だけど、もしそうだとしても抱いてはいけない想いだ。

だってリドルにはリドルの世界がある。
いつかは必ず彼はわたしの前からいなくなってしまう。

別れがくると分かっているのに好きになってしまったら…その別れが辛くなる。

わたしはキュッと口を結んで、リドルに視線を投げた。

そこで、はたと彼の異変に気付く。


「…リドル?」
「はぁっ…はあ、」
「リドル…!」


眠っているなんて穏やかなものじゃない。

リドルの額には汗が滲み出ていて、呼吸も荒い。
普段の彼とは打って変わって顔の血色がやけにいい。


「あっつ…ッ」


額に手のひらを乗せればその熱さに驚いて手を引く。

…38℃以上は絶対にある。
朝のリドルはいつも通りに見えたのに、どうしてこんな急に。

いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
早くリドルの看病しなきゃ…!


とりあえず顔の汗を拭いてあげて、冷水に浸したタオルを搾って額に乗せる。
きっと身体も汗かいてるだろうと思ったけど、流石に着替えさせるのはわたしじゃできなかった。


「あー…!」


キッチンに立ってガックリと項垂れる。

そうだった、お米のストック無いんだった。
今日はあり合わせにして、明日買いに行こうと先延ばしにしてしまったのが悪かった。
楽を求めてしまった自分が今は腹立たしい。


「…よし!」


今から買ってこよう。
家からならコンビニよりスーパーの方が近い。

ついでに果物とかヨーグルトとかできるだけリドルが食べやすい物も買ってきてあげよう。


「リドル、待っててね」


部屋に戻りリドルの額に手を添えてそう言って離れようとすると、弱い力でキュッと手を掴まれた。


「カヤ…」
「〜……っ!」


彼の口から発せられた自分の名前に、キュウと胸が締め付けられてリドルへの愛しさがこみ上げてくる。

ずるい、反則…本当に。
こっちまで熱が上がりそうになる。

わたしはリドルの手をそっと退かして、後ろ髪を引かれる思いで家を出た。