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芽生える感情2



「カヤ…!」


バンッと勢いよくドアを開けると、目に涙を溜めたカヤが僕の姿を見つけて駆け寄ってくる。


「リ、リドル…やばい、助けて本当に」
「…何があった?」


ガタガタと震える彼女の身体を、無意識のうちに抱き寄せて落ち着かせるように背中を撫ぜた。

自分らしくないその行動に戸惑いながらも、カヤからの反応を待つ。


「ヤツが、ヤツがいた…!」
「ヤツ?」
「黒くてカサカサしてて…うわ、そこいる!」


カヤが指さした方向へ目を向けると、親指くらいの大きさの黒い虫が壁を這って動いていた。


「…まさか、あれで叫んだのか?」
「当たり前じゃん!始めて見たんだよ!?気持ち悪い、ほんと無理。リドル助け…痛ぁッ!」
「それで済んだだけで良かったと思え!」


たかが虫如きで…本当にバカだ、こいつ。
僕はキレていい案件だろうこれは。

手に構えていた杖でカヤの頭を叩くと、痛いと悲鳴を上げて蹲る。


「…痛いー…ひどいよ…。あ、ちょっと本当にリドルあいつ逃げる前に倒して!」
「はあ…インセンディオ」


杖を振って虫を瞬時に灰と化すと、未だに立ち上がらないカヤの頬を抓った。

涙目で申し訳なさそうに見上げてくる彼女に怒る気力を削がれながらも、僕は雑念を払うようにブンブンと顔を振る。


「あんな虫如きで大きな声出すな、驚くだろ」
「だってほんとに苦手なんだもん…ゴキブリ」


むしろ苦手じゃない人なんている!?と半ば逆ギレのように声を荒らげたカヤ。

…とりあえず、大したことじゃなくて良かったと思うことにするか。


「はあー…心配して損した。僕はもう寝るよ」
「えっ…、」
「なに?」
「心配してくれたの?リドル」
「…ッしてない!言う言葉を間違えただけだ」


僕の否定の言葉なんて聞こえてないかのように、さっきの涙顔とは打って変わって顔をふにゃりと破顔させて嬉しそうに笑うカヤがいて。

上着を着てないはずなのに、身体は何故か徐々に熱を持ってきて戸惑う。


「…あ、てかリドル…!?」
「まだ何かあるの?」
「な、なんで上着てないの…!」


ああ、そういえばそうだった。
というか今更気付いたのか、と呆れて肩を竦める。

だけど、目の前で顔を赤くさせて僕から目を逸らしてソワソワしてるカヤが目に入って口角がニヤリと上がるのが分かった。

カヤの目の前に腰を折って目線を合わせる。

そのリンゴみたいに赤くなった頬に手を添えれば、ジンジンと心地よい熱が伝わってきた。


「なんでこんなに顔熱いの?…カヤ」
「…ぁ、ちょっ…と!」


彼女の耳に唇を寄せて息を吹きかけるように囁けば、面白いほどに身体をビクリと跳ねさせて反応する。

まずいな。…かわいい、気がする。

こっちにまでカヤの熱が移ってきそうで、僕は柄にもなく余裕がなくなっていた。


「…カヤ、」


カヤのオレンジ色の瞳に魅入られて、そのまま顔を近付けようとすれば。


「も…こ、これ以上は無理ー…!」
「、カヤ…!」


素早い動きで部屋の外に締め出されてしまった。

しばらく立ち尽くし、大きく息を吐きながら扉の前でしゃがみ込む。


「はぁー…何してるんだ、僕は」


こんなに乱されるなんて本当、らしくない。