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別世界の居候人2




▼▼▼


家に残してきた彼が何か変なことしてないか心配で不安で、残業する予定だったけど今日はやめた。


「…はあ、お腹減った。…ん?」


お腹減った、って…あ。
やばい、最低なことに気付いてしまった。

わたし、彼のご飯何も用意してきてない。
冷蔵庫の中も空っぽだったはずだし、お金だって一銭も渡してきてない…。


「もしかして、殺されるかも」


サーッと身体の熱が引いていく。

それからは早かった。
ダッシュで職場を出てスーパーに寄って適当に食材やら何やらを買い占めて、最速で家に帰る。




玄関の鍵を開けようとしたら鍵はかかってなかった。

それがやけに恐怖を引き立てて、自分の家に入るだけなのにわたしはゴクリと喉を鳴らして恐る恐る玄関のドアを開ける。


「…た、ただいまー…」


家の中は真っ暗だったけど、自分の部屋の閉じられた扉の隙間から光が漏れてることに安堵した。

良かった、とりあえず家にはいてくれたみたい。

両手に持った買い物袋をキッチンに置いて、わたしは自分の部屋のドアを開けた。


「…ぁ、」


彼はあの長いローブを脱いで、ネクタイも取っており、上はワイシャツだけという軽装に変わっていた。

部屋にある椅子に腰掛けて頬杖をつきながら、本を読む彼の横顔があまりに綺麗で魅入ってしまう。

しばらく声をかけられずにいると、彼は本から目を離して少し伸びをした。

カチリとわたし達の視線が交わう。


「ああ、帰ってきたんだ。この本、勝手に借りてるよ」
「…ぅあ、えっと…うん、それは全然いいよ」


相変わらず無表情な彼のシンプルな反応に少し拍子抜けしながらも、わたしはホッと息を吐いて首や耳に付けていたアクセサリーを外し出す。


「薄々思ってはいたんだけど…魔法界がないってことはこの世界にはマグルしかいないんだろう?」
「マグルって?」
「魔力を持たない人間のことさ」


少なくともわたしは魔法なんて使えないし魔法使いなんて見たことはない。

魔法界っていうのが此処に無いって言うならこの世界に魔法使いはいないのかもしれない、っていうのもすべて憶測でしかないから根拠がないけど。


「魔法界と、ここってどんな風に違うの?」


魔法、なんてお伽噺の中だけのもので身近になんてあるわけがないし魔法使いがどんな生活をしてるかとか色々興味が沸いてきてしまった。



それから彼は少し気怠さそうにだけど、話してくれる。

主な移動方法は箒を使って空を飛んだり、暖炉から煙突ネットワークってのを使って移動したり、姿現しって魔法で行きたいところに瞬時に行けたりだとか。

絵や写真の人物は基本的な動くし、物を浮かしたり壊したり直したり、何かを何かに変身させたり。

魔法薬っていうのにもたくさん種類があって、飲んだら若返ったり老けたり、背が伸びたり縮んだり…他にも色々な効果をもたらす薬を作ることができるらしい。


「す、っごーい…」
「故に、君のようなマグルは僕のような魔法族よりもっと下等な生物だと思わないかい?」
「…はい?」
「マグルには碌な奴がいない」


そう低く言う彼の瞳には明らかな憎悪が見え隠れしていて、反論したいのにする気が失せてしまった。

何か彼をそう思わせてしまった原因があったのかもしれない。

彼のことを何も知らないわたしが、今の言葉を聞いただけで彼の考え方を否定できるわけもなかった。


「…あ!!」
「なに。いきなり大声出して」
「ご飯、用意していかなくて本当にごめんね!朝すごい急いでたから忘れてて…っ」


顔の前で手を合わせてガバッと頭を下げる。


「ああ…そう言えば何も口にしてないな。だけど、何かに集中すると食事を忘れることなんて度々あることだし別になくても構わない」
「そういうわけにはいかないの!わたしもお腹減ったし今から夕ご飯作るから待っててよ」


ニコリと笑いかければ、彼は一瞬目を見開いてわたしから視線を逸らした。

不味いもの食べさせたら覚悟してね。

なんて物騒な言葉が聞こえたもんだから、わたしはピキッと身体を固まらせて一気に息を吐き出した。


「こう見えても料理は得意なの。まあ、日本食が口に合うかどうかは別としてね」
「それまで僕はまた読書に戻るから、できたら呼んでよ。カヤ」

「へっ、あ…名前わたし言ったっけ?」
「君ってバカ?最初に下手くそな英語で名乗ってただろう」
「そういえばそうだったかも…てか、バカとか下手くそとか言い過ぎだと思うんですけど!」


クツリと喉で笑って悪戯っ子のようにちょっとだけ口角を上げた彼に、自分の顔が引き攣るのが分かる。

さっきのマグルは下等とか何だとか今のとか聞く限りだと、この人かなりの俺様系男子だ。

…彼が帰れるまでどれほどの期間がかかるのか検討もつかないけど、彼と交友を深めるのは骨が折れそうだなぁ。


よし、とわたしが立ち上がると再び「カヤ」と呼び止められた。


「僕はリドル。精々僕のために献身的に頑張って」


ニコリと笑顔の仮面を貼り付けた彼、リドルのずいぶんと上からの物言いにカッチーンときだけどそこは大人なわたし…きちんと我慢する。

はあ、これからどうなることやら。