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糧となる想い [ 1/7 ]



”スズネ先輩。大丈夫ですか?”
”エバンス先輩と何があったんです?”
”どうして返事くれないんですか?”
”無視しないでください”
”…スズネ先輩の、ばか”


「―…ああもう。心が痛い。頭も痛い。身体中痛い」


横幅の大きなソファに寝そべって、天井を見上げる。
そしてカサリと乾いた音を立てて左手から滑り落ちたたくさんの手紙。

あの日、リリーを突き放してしまってから今の休暇に入るまでの間…休暇に入ってからもレギュラスとは一切言葉を交わしていなかった。


「っいてて…。はあ…」


それもこれも、アルバスの指示でのこと。

レギュラスやシリウスが生まれたブラック家は代々、狂信的な純血主義だという。
よって、純血を掲げてマグル生まれの魔法使い達を排除して回るヴォルデモートを支援し、その配下についている可能性が極めて高い。
そういった家の子であるレギュラスが、ヴォルデモートから指示を受けた両親から更に指示を受ける形でわたしに接近し、情報を流すともないとは言い切れない。

そういう理由ならばエイブリーやマルシベールもじゃないかと反論はしたが、”ブラックほどではない””とにかく自分の情報をセブルスや自分以外に口外することは断じて禁ずる”というアルバスとの破れぬ誓いに似て非なるものほどの重大な約束をしたのだ。

魔力操作の訓練や身を守る戦い方など、休暇中はたくさんの呪文を覚えたしその分、身体の傷は日に日に増えていった。

ペラッと上のTシャツを捲ってお腹を見てみると痣がいくつかできている。だけど少し筋肉もついたような気もする。


「こーら。いつまでダラけてんのよ?」
「…シトラさんに痛めつけられた身体を見て嘆いてたんですー」
「あら!それは大変ね。そうだ、新しく開発した魔法薬があるんだけど…その傷に試してみない?」
「っ…鬼か!」


クスクスと笑ってわたしを見下ろしているのは綺麗なお姉さん…ではなく。
ガタイのいいマッチョなお兄さんだ。…そう、忙しいアルバスの代わりに休暇中ずっとわたしに訓練をつけてくれたのはオカマであるシトラ・バンクスさん。

アルバスの古い友人らしいんだけど、アルバスほど老けてないし若い。何やら闇がありそうで触れてはいけないと思って聞いたことはない。


「あと1週間で新学期ね」
「…うん」


シトラさんのその言葉に、ズウンと気分が落ち込んでいく。

リリーとひと悶着があった後、彼女に想いを寄せるジェームズからは過激な悪戯(虐め)を受けるようになった。
ジェームズだけではなくシリウスも、”お前は結局スリザリンなんだな。失望した”と言われてしまい…その2人からの仕打ちがまあ酷い。

…友達だった頃とはまるで真逆の、敵を見るようなあの冷たくて鋭い眼光が忘れられない。

リリーと疎遠になり、ジェームズやシリウスからも嫌われて…そうなると必然的にリーマスやピーターとも距離は離れ。
最終的にはグリフィンドール全体から敵視されているような状況にまで陥っている。


「憂鬱そうじゃない?」
「憂鬱も憂鬱ですよ。…はあー」


実を言えば、この休暇中はセブルスとの時間もあまりなかったように思う。

セブルスが訓練に参加したのも3回あったかなかったかだし、今わたしが住んでいるこの家もシトラさんが用意してくれた仮住まいで。
セブルスの家にはご家族がいるだろうしクリスマス休暇のときみたいにお邪魔したりはできないだろうとは思っていたけど、こんなにも会えていない少し…いやめちゃくちゃ寂しい。


「仕方ないでしょう?セブちゃんは”あっち”に媚を売れるだけ売っておいて、信頼を獲得していかなきゃならないんだから。それがセブちゃんの役目なのよ。貴女を守るための」
「分かっ、てる…」


セブルスは着実に闇勢力へと取り入っている。
クリスマスでの事件はあったものの、それからヴォルデモートは不気味なくらいに動きを見せていない。マグル生まれ魔法使いの排除は滞りなく行われているみたいだけど…。

わたしを攫ったマルフォイ家の人たちは、恋人であるセブルスが闇側へ来るのならば自ずとわたしもこっちへ来るだろうと考えてるようで。
あの場にいたセブルスにも何か接触があるかと思いきや、特に何もないらしい。


「でも、難儀ね…。貴女たち、恋人らしいことをできるのは今の内なのに」
「………えっ」
「貴女をあっちへ行かせることはできないし、セブちゃんはきっとこれからもダンブルドアの指示であっちにいなければならない。要するに彼が担っている仕事はスパイみたいなもの。…となると、よ」


そこまでは、考えてなかった。

でも今思えばそうだ。アルバスがセブルスにどういう役目を与えているかは知らないけれど…ヴォルデモート側で得た内部の情報をこちらへ流してくれるセブルスの存在はとても大きい。
学校を卒業して、わたしが充分に力をつけたからと言って…ヴォルデモートという闇の勢力がこの魔法界に存在している限りはセブルスの仕事に終わりはない。

だってアルバスは…何故か、ヴォルデモート相手によく分からない執着心を持ってる。
それは気になるけれど、さすがに聞けないと思って口に出したことは無いけどね。


「アルバス、狡賢いところあるからなあ…」
「あら、よく分かってるわね。あの狸爺はけっこう腹黒いわよ」


シトラさんの言葉に、頭に嫌な考えがよぎる。
わたしを守るためだと言えば、セブルスが何でもすると思って良いように利用してるだけなんじゃないか…なんて。

いや、ダメ。こんな考え。だって、今となってはアルバスはわたしの後見人になってくれて生徒思いのとても優しい人…だもの。
卒業して、わたしが独り立ちできるようになって、ヴォルデモート達に対抗できるほどの力をつけられたその時には。セブルスに戻ってきてもらう。もう守ってもらうだけのわたしじゃないって。


「―…よし!」
「わっ、ビックリ。いきなり起き上がらないでちょうだい」
「うじうじ悩んでても良いことないし、外出てきます!新学期の準備で買い物もしなきゃだったし」


ひょいっと立ち上がって、ぱぱっと部屋着から私服に着替える。
”女の子なんだから恥じらいというものを…”と呆れ顔のシトラさんに言われた。

失礼だとは思うけど正直、シトラさん相手に恥じらいという感情が抱かないから気にしてなかったんだよね…なんて。


「何か言ったかしら?」
「え!何も…!?」
「声が裏返ってるわよ…はあ、素直すぎて心配よ。貴女には閉心術も近々教えてあげないといけないわね」


まるで鞭を叩くようにして、手に持っていた杖をペシペシと撓らせて不敵に笑う。
そんなシトラさんから逃げるようにして、フルーパウダーを鷲掴み、暖炉の中へ速やかに移動した。

シトラさんめちゃくちゃスパルタだから怒らせないようにしないと命が危険だ…!


「夕飯までには帰りますね!”漏れ鍋”」


緑の炎に包まれた身体はギュルルと煙突へと吸い込まれていった。




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