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□□□ (シリウス視点)
イラつく、イラつく、イラつく。
スニベルスも。スニベルスを庇って、俺をあんな目で見て、ブラックなんて呼んでくるあいつも。何もかも。
―――ガァン!
怒りに任せて、廊下の壁に杖を振ってそこにデカい穴を作った。
どこからかグリフィンドールの減点を叫んだのがいたが、そんなもん気にするかよ。
「…っ、クソ!」
つい先日、リーマスが言ってたことを思い出す。
『スズネは変わったわけじゃないと思う。エバンスのことも何か事情があったと思うんだ。だって久しぶりに見た彼女はごめんって言いながら―――泣いていた』
リーマスが真剣な顔してそう言うもんだから、スズネのことは一歩引いて様子を見てみようとそうなったばっかだったのに。
あいつは変わらずスニベルスなんかと一緒にいて、俺のことなんか眼中にねェってくらいスニベルスしか見てなくて。
『なんかシリウスにはグリフィンドールが一番似合ってる気がするね』
『シリウスはシリウスらしく元気ハツラツでいてほしいなあ』
去年のスズネの言葉が浮かぶ。
「なんでだよ………」
何でおまえ、グリフィンドールじゃねえんだよ。何で俺たちと、俺と一緒にいねえんだ。
スリザリンの奴らより俺たちと一緒にいた方が楽しいはずだろ。
何で、よりにもよってスニベルスとなんか―――。
「滑稽ですね、兄さん」
そこかしこに思考を巡らせていた頭に響いた、久しぶりに聞いた声。聞き間違うわけもない、弟のレギュラスの声だった。
「………何て言った、レギュラス」
「滑稽だ、と言ったんです」
カッと頭に血が上った。
杖を振って、レギュラスが手に抱えていた本やら教材やらをそこらじゅうにバラまけた。
目の前のレギュラスは顔色ひとつ変えず、小さく溜め息を吐くと、ゆっくりとした動作でそれらを拾い始める。
「そうやって、気に入らないことがあればすぐに手を出す。…兄さんには自制心というものがないのですか?」
「………うるせえ」
「兄さんのそういうところ、僕は大嫌いです。そうやって駄々こねてれば、何でも自分の思い通りになるとでも思ってるんですか?」
「…っ、お前!俺をバカにすんのもいい加減に―――ッ」
再び杖に手を伸ばす俺よりも先に、レギュラスがこちらに向かって杖を突き付けてきた。
控え目な性格で、争いごとを好まない穏便な性格であったはずのこいつからは想像もできない行動だった。
「いい加減にするのは兄さんの方です…!どうしてそうも自分勝手なんですか!」
「………っ、」
「僕は…御家の思想に囚われず我が道を行く兄さんを、羨望していました。誰かに左右されることなく自分の意志を貫く姿を見て、僕もそうなれたらとよかったのにと…」
レギュラスの杖を握る手が少し震えているのが分かる。
こうして弟の言葉をきちんと聞くのはいつぶりだったか、とそんなことを考えた。
「…だったら、お前もそうしたらよかっただろ」
「っ、だからそういうところが嫌いなんですよ。自分のこと”しか”考えられない。兄さんの思考や行動の根源にはいつも、”自分”しかいない。…僕は、父上や母上のことを裏切れない。父上や母上を悲しませるようなこと、したくないからです」
したくなきゃしなきゃいい。
やりたきゃやればいい。
できるならすればいい。それの何がいけないことなんだよ。…俺には分からない。
「いいんですよ、僕のことなんか。…それよりも僕が物申したいのは、スズネ先輩のことについてです」
「……あいつが、何だよ」
「―――スズネ先輩はスズネ先輩のままです。何も変わっていない」
そう言って、レギュラスは杖をしまう。
あんなに仲が良かったエバンスを突っぱねて、他のマグル生まれの奴らとも関わろうとせず、スリザリンの連中とつるむようになったあいつが…変わってない?
「…んなわけ、ッ」
そうであれ、ときっと自分でも分からないほど心の奥底で願っていたこと。
だから、レギュラスの言葉は何の信憑性も持たないはずなのに、俺の心はざわめいた。
「お?なんだ兄弟喧嘩か?」
俺とレギュラスが大声を出していたからか、いつの間にかゾロゾロとギャラリーが集まってきていて喧しさに舌を打つ。
「確かに、僕も最初はスズネ先輩に腹が立って仕方なかったです。問いただしても、何も詳しいことは教えてくれませんでした。でも、」
レギュラスは言葉を区切り、俺に背を向ける。
「わざわざ聞かなくったって、よーくスズネ先輩を見てれば分かることだったんです。だってあの人は、心優しい美しい人ですから」
―――まったく誤魔化せてないんです、本当に可愛い人ですよね。
そう言って白い肌を赤く染めた顔で振り返ったレギュラス。
「そして兄さん、あなたは変わらなければならない。…セブルス先輩への悪行、それ以上エスカレートさせたらスズネ先輩に本気で嫌われますよ?それでもいいなら、どうぞお好きに」
背を向けて今度こそこの場から立ち去っていくレギュラスの背中を見つめた。
スズネは変わってない。俺が変わって、自分以外を、よく見る。―――このままだと、あいつに本気で嫌われる?
「……ッ、…!」
頭の中がぐちゃぐちゃで、どうにもこうにも叫び出したい気分になった。…俺は一体どうしたらいい。
ジェームズ達に声を掛けられるまで、俺は廊下にあるベンチに座り込んでずっと考え込んでいた。
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