狙われた男 [1/3]
幸村にとり憑いていたものが祓われ、彼はいつも通りの体調に戻り、テニスの練習がやっと身に入ると安堵した。
部活を終えて片付けの指示を出し、コートでネットをまとめていた幸幸村の背後にノートとペンを携えた男が1人。
「―…精市」
「蓮二。どうしたんだい?」
「聞きたいことが、」
「黒峰のことなら知らないよ。話したこともないし」
「それが嘘の確率は95%だ」
普段閉じられている瞼をゆっくりと開いて幸村を見つめるのは同じ部活の仲間である柳蓮二だ。
データ収集が趣味で、最近の柳が興味を示しているのはある女子生徒。
その柳の観察対象である沙蘭と他人のフリをしている精市は心の中で盛大な舌打ちをかましたが、『あの蓮二に2年もバレずにいたのは良くやった方だろう』と自分を褒めた。
「まあ、蓮二にならもういいかな。正直、ファンクラブの女達にバレなきゃいいだけだからね」
「そうか。では早速、」
「気が早いよ。とりあえず片付けを終わらせて、部室で話さないかい?」
「ああ。そういえば最近、丸井の様子がおかしい。それについても話した方がよさそうだ」
「…確かに。じゃあレギュラー連中にはすぐ帰らないように伝えておいてくれ」
浅く頷いた柳はコートの落ちていたボールを拾いながらその場を去っていく。
(嫌な予感がするな…)
空を見上げると薄黒い雲が赤い太陽にかかり、コートを照らしていた光が少しの間遮断される。
ざわざわと感じる胸騒ぎが不快で、首から下げている沙蘭が自分の為に作ってくれたお守りをユニフォームの中から取り出してそれを握り締めた幸村だった。
□ □ □
話があるから帰るなとのことで部室にはテニス部レギュラーたちが残っていた。
その内の1人である仁王雅治は大きな欠伸をして、椅子の上で胡坐をかいて座っている。それを行儀が悪いと注意しているのは彼のダブルスパートナーである柳生比呂士だ。
副部長である真田弦一郎は腕組みをしてロッカーに背中を預けて目を閉じており、その様子をチラチラと窺うレギュラーの中で唯一の2年エースの切原赤也。
そしていつも部活が終わると腹が減ったと騒ぐはずの丸井ブン太は、何かを考え込むような神妙な面持ちで顔を俯かせている。
その彼のダブルスパートナーのジャッカル桑原は、そんな彼の様子に戸惑いながら心配そうな視線を投げかけていた。
「さて、今日集まってもらった理由だけど…丸井」
「…っなんだよ」
「最近、部活にあまり集中できていないようだけど何かあったのかい?」
「………ッ」
幸村の問いかけにあからさまな反応を見せる丸井に、やはり何かあったようだと柳は自分のノートに書き込もうとペンを握りなおした。
「ブン太、何か悩んでんなら気にしないで言えよ。俺らにできることなら力になるぜ」
「ジャッカル…」
丸井の肩にポンと手を乗せたジャッカル。
それに安心したのか、丸井はキュッと下唇を噛んで何かを決心したかのように勢いよく顔を上げる。
「俺、近いうちに死ぬかもしれねえ…」
「…は!?何言ってんスか丸井先輩!」
赤也が声を荒げると、いきなりの声に驚いた真田は八つ当たりするように彼のクルクルの癖毛の頭へと軽い拳骨を落とした。
痛いっス!と涙目になる赤也を無視して、真田は口を開く。
「丸井、どういうことか説明せんか」
「…信じてくれねーかも」
「信じるか信じないかは俺らが決めることじゃ。まずは話してみんしゃい。話はそれからぜよ」
「仁王くんにしてはまともなことを言いますね。ですが、その通りですよ丸井くん」
「俺にしてはってなんじゃ…」
仁王と柳生の言葉もあり、丸井は少しだけ目を潤ませると膝の上で握り拳を作った。
「先週のことなんだけどよ…」
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