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きっかけ [1/4]



合宿2日目はくじ引きで決められた相手とのシングルス及びダブルスの試合をするというシャッフルマッチが行われる。もちろん学校関係なく。

合宿所のコートは全部で5面。
試合は同時進行で次々行われ、1・2面は沙蘭、3〜5面は桜乃と朋香が担当でサポートに入るようにと朝食後のミーティングで青学顧問の竜崎からの指示があった。

(面白そうね、シャッフルマッチなんて)

立海メンバー達のテニスはある程度理解しているし見慣れてもいるが、他校の彼らが一体どんなテニスをするのかも興味がある。
渡された資料を眺めながら、沙蘭は小さく微笑んだ。


「んー…」


1面は跡部、鳳、白石、桃城、大石、柳。
2面は日吉、財前、不二、越前、仁王、ジャッカル。

"跡部"の文字を目にして沙蘭はわずかに眉間に皺を寄せたが気にし過ぎもよくない、と息を吐いて資料を折りたたんだ。




□ □ □



試合前のウォーミングアップで走り込みをしている選手たちを時折眺めながら、沙蘭はコートの地面を平らにならしたり小石を拾ったりなどの整備を行っていた。
ネットもしっかりキツく張り、コートラインが消えかかっているところには倉庫から持ってきた石灰でラインを引き直す。

顔を上げた沙蘭が眩しそうに太陽を見上げると、高い位置で結われた艶のある黒髪がサラリと彼女の背中で揺れた。


「はあー。黒峰さんはほんま眼福やなあ…ポニテもええなあ」

「…侑士きも」


コートにいる沙蘭を見つめてうっとりと呟く侑士に突っ込んだダブルスペアの向日岳人。


「つーか、あいつちゃんと仕事してんじゃん。跡部の奴、気にし過ぎなんじゃねえ?」

「せやなあ。ただ跡部も頭カチカチやし、きちんとした確証が欲しいんやろ」

「確証って…」


岳人はコートから駆け足で去っていく沙蘭の後ろ姿をぼんやりと見た。

立海が前に連れてきたマネージャーは最初は仕事もしっかりやるし男目当てって感じもしない良いマネージャーだと思ってたけど、実際はその真逆の奴で。
『女は自分以外いらない』と喚いて青学の1年を果物ナイフで切り付けようとした時に、それを庇った樺地が腕を怪我して1ヵ月以上もテニスをできなくなった。

その時の跡部のキレ様はそれはもう凄まじく、跡部が呼んだ黒服の奴らがその女をどこかへ連れて行ってからそいつがどうなったかは跡部以外誰も知らない。

(まあ、それ考えたら…跡部があそこまで警戒してんのも無理ねえか)

それから、走り込みが終わった選手たちにすぐドリンクを渡していく沙蘭の姿。
それを見て、それでもやっぱり跡部は気にし過ぎじゃねえかなと岳人は首を捻っていた。





「「…ドリンクうま」」


自分と重なった声に振り向いた青学1年の越前リョーマ。
その視線の先にいるのは四天宝寺中のジャージを着たピアスの男、財前光だった。

お互いにそこまで交流がないため、リョーマは少し気まずそうに被っていた帽子を深くさせたが、財前はそれお構いなしにと声を掛ける。


「なあ、おまえは黒峰先輩のことどう思っとるん?」

「黒峰…。立海のマネージャーのこと?別にどうも思ってないけど」

「ふーん。ほんならええわ」

「…意味分かんない。ま、跡部さんがあの人のこと仕事しないとか何とか言ってるのは知ってるけどね」

「まあ、そいつはそのまま勘違いしとったらええ。…あの人はそないな人やない」

「へえ…仲良いの?」

「頭突きされた仲や。これからもっと仲良うなる予定…っておまえ年下やろ敬語使え」

「………頭突きされた仲ってなに、」


リョーマがそれを聞こうとしたタイミングで顧問から声がかかり、自分の振り分けられたコートに移動しろとの指示だった。
リョーマと財前は同じ2面のコートのため、そのままの流れで2人一緒にコートまで歩いていくことに。


「そこの2人。空いたボトルはそのまま持っていかないでこのカゴに入れてちょうだいね」

「…っ黒峰先輩」

「ん?どうかしたの?」


リョーマと財前に声を掛けたのは沙蘭で、財前の目に彼女のまだ少し赤くなっている額が目に入った。
昨夜のことを全く気にしていないかのような彼女の態度に少しだけイラッとしたが、今は突っ掛っている場面ではない。


「黒峰先輩、昨夜すんませんっした。失礼なこと言って…」

「…いいのよ、気にしないで。わたしもいきなり頭突きなんてしてしまってごめんなさいね」


まだ少し赤くなってるわね、と沙蘭がズイッと財前に顔を近付けて彼の額に手を触れさせる。
ついさっきまでドリンクを冷やすために氷を触っていたためか、沙蘭の手は冷えていてひんやりと気持ちがいい。

財前は柄にもなく顔に熱が集まっていく感覚に戸惑いながらも、その手を振り払おうとはしなかった。
それもそのはず。財前にとって沙蘭は、怪しい女から惚れた相手へ変化していたのだから。


「…俺、先輩のこと跡部さんが思ってるような人やと思ってないっすから」

「え。でも昨日は…」

「昨日は昨日っス。考えが変わったっちゅーことで、堪忍してくださいよ」

「でも…いえ、そうね。ありがとう、財前くん」

「光でええですよ。沙蘭先輩って呼ばせてもらいますんで」


わずかに口角を上げた財前は空のボトルをカゴの中に投げ入れて、それから2面コートへと向かっていった。


「…何がきっかけなのかしら」

「頭突きじゃない?」

「まさか。って君は…」


財前の背中を見つめて呟く沙蘭に答えたのはリョーマだ。
リョーマはニッと笑って沙蘭へボトルを渡すと、自分を見て目を丸くしている彼女を観察するように見た。

(…まっ、悪い人には見えないよね)

何はともあれ、沙蘭がどんな人間であれど自分がテニスをする上で何か支障になるようなことが無ければそれでいい。…だけど。


「越前リョーマ。サポートよろしくっス、沙蘭先輩」


何が経緯で財前に頭突きをすることになったのかは知らないが、財前に頭突きをしたという彼女に興味が湧かないかと言えば嘘になる。

面白そうだしとりあえずは財前と同じ土俵に立っておこう、とリョーマは沙蘭を名前で呼ぶことにして、それからコートへと向かっていった。

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