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それぞれの思い [1/3]




「…千歳、何してんねん」

「黒峰さんが外におったけん担いで連れてきた」

「誘拐やんけ!立海にバレたらエライことなんで!?」

「誘拐なんて人聞きが悪かね。同意ん上ばい」


(同意って意味分かってるのかしらこの人)

ニコニコ微笑みながらその大きな身体で沙蘭の身体をギュッと後から包み込み、彼女を閉じ込めているのは千歳だ。

沙蘭の目の前には、困ったような顔をする白石と何故か顔を赤くしている忍足謙也、そして興味無さそうにスマホと睨めっこしている財前がいた。


「それにしてん黒峰さんよか匂いすったい。シャンプーん匂いってことはもしかして風呂上がりと?」

「えっ、ほんま?俺も嗅いでええ?」

「お、おい白石ぃ!お前まで何を破廉恥なこと言うとんのや!」

「破廉恥って…ほんま謙也さんダサいっすわ」

「なっ…黙っとけ財前!」


クンクンと頭のてっぺんで鼻を鳴らしている千歳の腕から抜け出そうともがく沙蘭だが、力の差は歴然。
もちろんそれは無駄な抵抗に終わる。

沙蘭は大きな溜め息を吐いて項垂れたが、ピクリと気配を感じてバッと顔を上げた。


「…白石くん、近いのだけれど」

「確かにシャンプーのええ匂いや。んんーっ、エクスタシー!」

「エクスタシーって…ちょっと、近いって言ってるじゃない」

「ぶっ…!」


この白石蔵ノ介とかいう男、もしかして相当の変態なのではないか。
沙蘭は目と鼻の先にある彼の整った顔を両手の手の平で押し返し、それ以上近付かせないようにと頑張っている。

その様子を、さっきまで釘付けだったスマホから目を離してジッ見ていた財前はパチリと沙蘭と目が合ったのと同時に口を開いた。


「ほんまに男に興味ないんスか?演技とかじゃないん?」

「コラ財前!なに失礼なこと言うとんねん…!」


この合宿に来てから何人から向けられたか分からない、探るような瞳をしている財前。

(男好きとか仕事しないとか演技とか、本当に好き勝手言ってくれるわね…)

沙蘭はギュッと握り拳を作ると、自分を捕まえている千歳に有無を言わせない冷たい声で『離して』と静かに言い放った。

その声音に身体が反射的に反応してしまい、千歳は素早く彼女の身体を解放する。


「…なんスか?」


自由になったら身体で財前の目の前まで真っ直ぐ向かっていった沙蘭は、訝しげな表情をして自分を睨んでくる彼の両頬を手で挟んだ。


「ちょっ…何してんねん。離せ…、」


ー…ゴツン!!


「痛…ッ!?」

「うう…っ!」

「黒峰さん!?」


財前の顔を手で固定してそのまま、沙蘭は彼に強烈な頭突きをかましたのだった。
これには白石も謙也も千歳も目が飛び出すくらいに驚いている。

ピヨピヨと頭の上にヒヨコを飛ばして後ろに倒れそうになった沙蘭を抱えるようにして支えた白石は、真っ赤になっている彼女の額を見て今年一困惑していた。

(なんでいきなり頭突きなん!訳分からへん…!)

財前は財前で額を抑えながらベッドに倒れ込み、痛みを耐えるように唸っている。


「ほ、んま意味分からん…っ何がしたいねんアンタ…!」

「わたしは…っ」

「………!」


顔を上げた沙蘭の目には涙。
零れ落ちないように我慢しているようで、グッと下唇を噛んでいる。

そんな沙蘭の予想外の表情に、財前は口を噤んでしまった。


「今までテニスには全くといっていいほど興味がなかった。けれど最近になって精市と、そして他のテニス部の皆と関わるようになってから…彼らが一生懸命にテニスをしている姿がとても輝いていて眩しくて」

「マネージャーになるつもりなんてなかったけれど、こんなわたしを受け入れて、歩み寄ってくれて、頼りにしてくれて…嬉しかったのよ。テニスに真っ直ぐな彼らの少しもの手伝いができるならって、それでマネージャーを引き受けたの」

「あなたの思うような、男好きで仕事もしないような女じゃなくて…ごめんなさいね。これも、演技と言われてしまったらそこまでだけれど」


そこまで言い終えて、白く細い長い指で目元に浮かぶ涙を拭った沙蘭は、額がまだズキズキと痛むことに苦笑した。

(何を言ってるんだろうわたしは…)

ここまで言っても尚、信じてもらえないのであればもうそれでいい。
たった5日間を我慢すれば、彼らとはもう顔を合わせなくて済むのだ。

ついさっき出会ったばかり彼に、自分という人間を分かってもらおうなどとその方が間違ってたのだろう。


「黒峰さん…おでこ冷やしに行こ?」

「…大丈夫よ。1人で行けるわ」

「あかん。途中で倒れてしまうかもしれへんやろ」

「そんな大袈裟な…」

「ごつい音鳴っとったし、それにちょっと腫れてきとる」

「いいの。わたしより自分達の後輩の心配してあげてちょうだい」


白石が優しく声をかけても沙蘭は突っぱねる。

白石は大きく息を吐くと『実力行使させてもらうで』と呟くように言って、沙蘭をひょいっと横抱きにして持ち上げた。


「ちょっと、白石くん!?」

「謙也、千歳。俺、黒峰さんのデコ治療してくるわ。…財前、おまえはよう反省しとけ」


あまり怒ることがない白石が、財前に向けて言った言葉には明らかに憤怒が混じっていた。
謙也は財前と白石にチラチラと交互に視線を向けており、千歳はやれやれと肩を竦める。


「手出したらいかんばい、白石」

「…出さへんよ。今は」


もう何が何だか訳が分からない、と沙蘭は両手で顔を覆って大人しく白石に抱えられていた。

白石と沙蘭が部屋を出ていった後、千歳はまたフラッと散歩に出かけ、謙也は居心地が悪くなったのか飲み物を買いに行くと同じように部屋を出ていく。


「はあああー…」


1人残された財前は、ベッドに仰向けに倒れると右腕で目を覆って大きく深い溜め息をひとつ。

ズキズキと未だに痛む額に、思い出すのは沙蘭のこと。

力強い眼差しに滲む涙。
ギュッと噛み締められた唇。
そして、彼女の言い放った言葉。


「ー…あかん。惚れた」

「はあ!?財前なに言うてんねん…!」

「なんちゅータイミングで帰ってくるんスか。ほんま謙也さんウザい」


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