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白か黒か [1/3]




「―…多いわね、ここ」


そんな沙蘭の呟きが耳に入り首を傾げたのは、マネージャーではないものの自分の祖母から手伝いにこいと呼ばれてこの合宿に来た青春学園1年の竜崎桜乃とその親友の小坂田朋香。

今は、到着が遅れている大阪の四天宝寺中を待つ間ウォーミングアップ程度に外のテニスコートで好きなように打ち合いを始めている選手たちのために準備をしている最中だった。

せっせとドリンクを作る手を休ませることなく憂うような表情をさせる沙蘭に、桜乃はほう…と見惚れる。
そんな状態の桜乃にピシッとデコピンをした朋香は、痛がって涙目になった彼女をキッと睨みつけた。


「ダメよ桜乃!油断したら!前の人だって外見だけは良かったんだから」

「と、朋ちゃん…っ」

「桃ちゃん先輩も言ってたじゃない。気を付けろって」

「でも、黒峰先輩…ちゃんと仕事してくれてるよ?」

「いいから!油断せずにいこう、なのよ!」


ボトルを洗いながらコソコソと話す2人の会話は、残念ながら沙蘭にはバッチリと聴こえているということを本人たちは知る由もない。

(跡部くんのことといい、この子達も…。名前も顔も知らない前のマネージャーさんのせいでこんな風になっているなんていい迷惑ね、本当に)

やっぱりマネージャーなんて引き受けるべきではなかったかもしれない、などと思ってしまうのも無理はないだろう。
沙蘭は疲れたように嘆息を漏らして、ふと足にすり寄ってきた子犬の霊に気付き微笑んだ。


「えっと、竜崎さんと小坂田さん…だったかしら?」

「は、はい!」

「はい。そうですけど…」

「わたし、ちょっと他にすることがあるの。申し訳ないのだけれど、ドリンク運んでもらえないかしら?」


足に纏わりつく動物霊が増えてきている。
沙蘭は桜乃と朋香に頼んでしまうことは嫌だったのだが、この霊たちを引き連れて彼らのところへ向かうのは非常によろしくないのだ。

とりあえず成仏できるうちにさせてあげたい、と沙蘭は考えた。


「あ、分かりました!」

「ありがとう。こっちが立海でこっちが氷帝の分よ」


元気よく返事をしてくれた桜乃とは反して朋香の表情は不機嫌そう。
良く思われていないのだろうが、仮にも先輩を目の前にしてそこまで素直に感情を表に出すというのは…。

(別に、良く思われようが悪く思われようがどちらでもいいのだけれど)

一番避けたいのは、自分たちのせいで選手たちにまで影響が及んでしまうことだ。
彼女達ともなるべく穏便に問題なく関わっていかなければならないだろう。


「ドリンクを運んでくれるお礼と言ってはなんだけれど、午後から洗濯やタオルの準備はわたしが全てやるから放置しておいてくれていいわ。じゃあ、これだけよろしくね」


沙蘭は近くにあったボトルを手に取ってそれを指さし、控えめにニコリと笑う。
彼女の手が手に持つボトルには"丸井ブン太"と書かれたラベルが貼ってあった。

立海のドリンクボトル全てにそれぞれのメンバーの名前が書かれたラベルが貼ってあるのだが、これは沙蘭がメンバーごとにドリンクの味を変えているから誰のものなのか分かりやすいようにする為にしたものだ。

その場から去っていく沙蘭の後ろ姿を見つめて、桜乃はぼそりと呟いた。


「…やっぱり黒峰先輩って、悪い人じゃないと思う」

「まだ、分かんないじゃない…」


続けて呟かれた朋香の声は、ひどく小さかった。





□ □ □




合宿所は跡部所有の別荘を改築して建てられたもので、建物自体の大きさも文句なしだがその敷地も相当広いものだった。

沙蘭はたくさんの動物霊を身体に纏わせて、人気の少ない場所へと足を運んでいた。


「さ、この辺でいいかしら」


ジャージのポケットからあの勾玉のついた数珠を取り出し、両手で擦り合わせてから自分を見上げてくる動物霊たちにそっと触れる。


「―…主たちの新たな生に幸あらんことを」


勾玉をピンと弾くと、霊たちは青白い粒子となって宙に浮かんでいく。

動物霊の中には元が動物だったものもいたが、複数の人の霊が集まって動物霊になってしまったものもいた。
あれは放っておけば悪霊となって人間に危害を与える可能性が非常に高くなる恐れがあった為、今成仏させられて良かったと沙蘭は安堵する。

それでも尚、未だにこのあたりに霊が多い事実は変わらないのだが。

(少しずつ減らしていくしかないようね。霊道があるわけではないようだし…)

心の中で呟き、数珠をポケットの中にしまう。
ここでサボってると勘違いされて面倒なことになる前にとっとと戻ろう、と沙蘭は立ち上がった。


「ー…君も見えとっと?」


いつの間にそこにいたのか。
沙蘭に話しかけた目の前に立つ高身長の男は、ビックリして固まる彼女を興味深そうに見下ろしていたのだった。


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