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彼と彼女 [1/1]




「あら、」


お互いがお互いを知らないかのように視線すら合わず目の前を通り過ぎていった幼馴染みを見て、沙蘭はパチクリと瞬きをした。

幼馴染みである彼の背中にピッタリとへばりついている、女の姿。
血だらけになった白いワンピースはボロボロで、女の顔や身体も歪んでいたり足が片方無かったりと彼女の死がとても凄惨なものだったと物語っている。

自分が死んだことを受け入れられない魂は、やがて生きている人間に呼び寄せられてソレを拠り所にすることが多い。

(本当に、昔から憑かれやすいわね。外見だけならただの美男子だけれど、内側は腹が真っ黒ないじめっ子なのに)

沙蘭の幼馴染みである幸村精市という男は、幽霊すら騙される彼の外見は確かにそこら辺の男とは比べ物にならないくらい整っていて儚げで美しい。
そのせいもあってかよく憑かれやすいのだ。

彼はきっと自分から何か言わなくても、それに気付いた沙蘭が勝手に取り祓ってくれると思っているのだろう。

確かに今まではそうしてきた彼女だが、この間家に勝手に上がり込んできた幸村に買い置きしておいたプリンを食べられたことを未だに根に持っていることを思い出した。

(食べ物の恨みは怖いのよ?精市)

結局沙蘭は幸村に憑いている女に目を瞑り、痺れを切らした彼が自分からお願いしてくるのを待つことにしたのだった。





□ □ □
 



「憑いてるんだろう?はやく祓ってよ」


それが人に物を頼む態度かしら。
買い物帰りの沙蘭が部活帰りの幸村と偶然にもばったりと鉢合わせ、開口一番で放たれた言葉に沙蘭は大きく溜め息を吐いて不満を露にした。


「最悪だよ、ほんと。ずっと肩は重いし金縛りには合うしで部活も身に入らない。イライラして今日の練習量をいつもの2倍にしてやったんだ」

「…それは、部員の人達がお気の毒ね」


腕組みをして顰めっ面をする幸村。
彼の八つ当たりの被害にあった部員達にひどく同情して、沙蘭は心の中で合掌する。

それにしても思っていたよりも随分と早く自分のところへ来たなと沙蘭は内心で少し驚いていた。
それほどまでに幸村に取り憑いている女の霊は、彼に対して悪影響を及ぼしているらしい。


「お気の毒ねなんて言ってる暇あったらはやく祓ってくれるかい?今までは俺から言わなくてもやってたくせに。もしかして力落ちた?」

「落ちるどころか強くなる一方よ。精市、あなたそれが人にお願いする時の態度なのかしら。祓うのだって簡単なことではないのよ?無償でなんてそれこそ都合が良すぎるわ」

「ふうん。目の前で困ってる人がいるっていうのに見返りがないと助けないって?随分と落ちぶれたね君も」

「あなたがきちんとした"お願い"をしてきたのなら話は別よ。お願いする側なのにも関わらずそんな偉そうに上から物を言われたんじゃ、わたしだって快く何かしてあげようなんて気にならないの」


ああ言えばこう言う。お互いに一歩も引き下がることはない。
声を荒げるわけでもなく笑顔を貼り付けて静かに言い争う彼女らを、通りすがる人々は怯えたような目で見ていた。

そうしていると、今まで大人しかった例(霊)の女がふと幸村の肩から顔を出して恐ろしい形相で睨みつけられているのに気付く。
まるで幸村は自分のものだと言わんばかりに、その女は両手を彼の首に巻き付けた。

だんだんと顔色の悪くなっていく幸村に、ピクリと器用に片眉を上げてから大きく深い溜め息を吐いた沙蘭。


「精市、そのまま目を閉じて動かないでいて」

「…ああ。頼むよ」


素直にそう返してきた幸村に少し目を見開いて驚く沙蘭だったが、そろそろ本当に祓ってあげなければ彼の身が危ないと胸ポケットから1枚の赤いお札を取り出した。

(どんどん顔が崩れていくわね…。成仏は難しい、か)

負の感情に支配された女の霊は、すでに人の姿形ですらなくなってきている。
本当はきっちり成仏させてやるのが一番なのだが、ここまで堕ちた魂はどうあがいても円満に事を片付けるのは不可能なのだ。


「"悪霊退散"。主の新たな生に幸あらんことを」


赤いお札を女の顔にピッと投げつけて、短いお経を唱えると共に人差し指をお札へと触れさせる。
すると女は奇声を発しながら黒い靄となって消えていった。


「…はあー」

「もう大丈夫よ」

「ねえ沙蘭、アレやっぱり欲しい」

「それは"お願い"かしら?」

「プリンくらいいつでも買ってあげるから」

「え、本当?仕方ないわね。そういうことなら作ってあげるわ、あなたのお守り」

「…単純で扱いやすいね、沙蘭」

「何か言ったかしら?」

「何も。ほら暗くなる前に帰るよ」


コクリと頷いた沙蘭の手を、幸村が握る。
あんなにも沙蘭に冷たく当たっていた幸村だが、何やかんや言っても彼にとっては大切な幼馴染で密かに想いを寄せる相手なのだ。

ギュッと自分の手を握る幸村の頬は赤みがさすほど血色が良くなっているようで沙蘭はホッとする。
学校ではお互いのことを考えて他人のように過ごしているが、放課後になればこうして顔を合わせるし話もするし手も繋ぐ(幸村が一方的にだが)。

そんな適度な関係が、今の2人にはとても心地よいものだった。

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