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波乱の幕開け [1/2]




とうとう合同合宿の日。
沙蘭はバスに揺られながら窓の外を静かに眺めていた。


「他のみんなは大丈夫かしら…」


沙蘭が懸念しているのは、合宿に参加しない平部員たちのこと。
説得するのに時間を要したがメアリーも置いてきたし、自分がいない間"そういう問題"が起こる可能性は極めて低いだろうが心配は心配だ。

そもそも、レギュラーの人数より圧倒的に他の部員たちの数の方が多いのだから普通はマネージャーは学校に残るものなのではないか。
今更それを言ったところで合宿所に向かっているバスに身を乗せている以上、どうにもならないのだが。

(まあでも、他の部員たちよりも精市や彼らの方が心配だから何も言わずについてきたのだけれど)

沙蘭は、自分が思っている以上に彼らを大切だと思っているようだと内心で驚いていた。


「―…ん?」


そんなことを考え込む沙蘭の半開きになった口に何かが突っ込まれて、それに驚いた彼女はその犯人を恨めしそうに睨んだ。


「何するのよいきなり」


口の中に広がる甘さとその匂い。
突っ込まれたのは細長いチョコレートのようなもので、熱で溶けたそれが彼女の唇を甘い色に染めていた。


「丸井から。…いつまでも咥えたままでいるなら、そのままポッキーゲームするけどいい?」


沙蘭の隣に座っていた幸村は何を考えているのか、それはもうニッコリ笑顔だ。

(ポッキーゲームってなに…)

幸村のことだ、きっと碌なゲームではないだろう。
沙蘭は咥えていたチョコレートをすべて口に入れて、”遠慮するわ”と小さく言った。


「ん。これ美味しいわね」

「お、沙蘭分かってんじゃんー!それ俺が一番好きなやつなんだぜい」


通路を挟んで反対側に座っていたらしいブン太が、チラリと幸村の横から顔を出してニッと笑う。

そのさらに奥にはツンツンの銀髪が見えて、ブン太の隣には仁王がいるようだ。


「沙蘭はチョコよりプリンの方が好きだろう?」

「ええ、まあ。ただのプリンじゃなくてカスタードプリンよ」

「どっちでもいいよ、それは」

「どっちでもよくないわ。それが重要なんだから」


ぷくりと頬を膨らませて幸村を睨む沙蘭。
そんな彼女を見て、何かに気付いた幸村はスッと右手を伸ばす。

彼の親指が沙蘭の唇にもう少しで触れる、というところで今度は前の席から癖毛が顔を覗かせた。


「沙蘭先輩!ポテチ食いますか?…ってあれ、先輩口にチョコついてますよ」

「あら、本当?どの辺かしら…」

「ここっすよーっ…と。はい、とれました!」


前の座席からグッと手を伸ばして沙蘭の唇についたチョコを親指の腹で拭った赤也。

(うわ!沙蘭先輩の唇やわらけー…!)

赤也の頬に赤みがさしていくが、沙蘭がそれに気付くはずもなく鞄からポケットティッシュを取り出した。


「ありがとう。これで手拭いて?」

「あー…いや大丈夫っす!舐めときゃいいんで」


そう言ってペロリと親指を舐めた赤也だったが、ジッと自分を見上げている沙蘭の視線に気づき、ボンッと顔を真っ赤に染め上げる。

それが見えていた幸村と沙蘭の後ろの席にいたジャッカルは、照れるくらいならやるなよ…と呆れたように呟いていた。


「…おーい、真田。赤也のやつちゃんと席座ってないぜー?」

「む、何!?赤也!!このたわけ!きちんと席に座らんか…!!」

「ヒィ…!って、副部長も立ち上がっちゃダメじゃないっすかあ!」

「口答えするな!たるんどる!!」


さっきの赤也と沙蘭の様子をバッチリ目撃していたブン太は、面白くなさそうに顔を唇を尖らせてせめてもの仕返しに真田に声を掛けたのだ。
しかしブン太より酷い顔をしていたのは他でもない、美味しいところを後輩に横取りされた幸村だった。

(いい度胸してるよね、本当に。赤也のやつ、覚悟しておけよ)

幸村はチッと舌打ちをすると、頭につけていたヘアバンドを目元までグイッと下げる。
どうやら不貞寝することに決めたらしい。


「合宿所に着く10分前くらいに起こして」

「分かったわ。おやすみ、精市」


心地いい沙蘭の声を子守唄に、幸村は思いのほか早く眠りにつく。

それから、騒がしくなった車内に安眠妨害された幸村が目を覚ましてブチ切れたのは彼が眠ってからわずか15分後のことだった。

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