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腐れキング [1/3]




沙蘭が男子テニス部のマネージャーになってから1週間が経った。

元より要領が良く頭の回転が早い沙蘭が、マネージャーの仕事を完璧に覚えるまでそう時間はかからなかった。

いくらファンクラブが抑制や牽制しているからといって、ぽっと出で男子テニス部のマネージャーになった沙蘭をよく思ってない女生徒達も少なくはなかったのだが…。

彼女が男にかまけているわけではなくきちんとマネージャーの仕事をこなしていると分かってからは、ファンクラブが手を出す必要がないまでに女生徒達の怒りは鎮火されていったのだ。

故に、懸念していた事態に陥ることはなく、沙蘭はテニス部たちと関わりを持つ前と変わらず極めて平和な学校生活を送れていた。




□ □ □



「それにしても、慣れねぇな…」


部室内の椅子に座り、ラケットのグリップを弄っていたブン太が眉間に皺を寄せながら呟く。

彼の視線の先にあるのは、窓際に置かれたサボテンの鉢植え…ではなく。
その隣にちょこん、と置かれた日本人形だ。

あれは確か、自分がメリーさんに狙われてた時に沙蘭が持っていたものだとブン太は思い出していた。


「あれって黒峰先輩が置いたんすよね?」

「ああ。魔除けだそうだ」


赤也の問いに答えたのは柳で、無表情で部室内を見ている日本人形をジッと見つめていた。


『この辺り、浮遊霊が多くて驚いたわ。また誰かが霊のせいでどうこうならないように、この子をここに置いておくから』


そう言った沙蘭が置いていった日本人形は、柳のデータによれば日に日に髪が伸びていっている。
1日に1mm伸びるか伸びないかだが、データに狂いはない。

(心霊現象…か。その類の分野も、色々と調べてみる価値はありそうだな)

柳はパタリとノートを閉じてテニスバッグを背負い、部室をあとにした。


「あ、待ってくださいよ!柳先輩!」

「おい赤也!お前も待てよ…!」


あの日本人形の置かれた部室で1人でいたくなかったのか、ブン太は柳と赤也のあとを追いかけて部室から駆け足で出ていく。

誰もいなくなった部室内。
シン、と静まり返った部屋の中には聴こえるはずのない声が響いていた。


『アカイのイッチャッタ。むう…ツマンナイよー沙蘭ー!』


日本人形からゆらりと出てきた影が椅子に座り、バタバタと足を揺らす。

金髪のツインテールに、血濡れの身体。
沙蘭が日本人形に封じ込めた少女、メアリーはぷくりと頬を膨らませてぶうたれた。





□ □ □




「―…ふふ」


ひたすら素振りをする平部員たちを見ながら、幸村は小さく笑った。
ただの思い出し笑いなだけなのだが、そんな部長の微笑みに気付いた部員たちは各々が小さな悲鳴を上げている。


「いきなり笑い出すのはさすがに気持ち悪いわよ?精市」

「誰のせいだと思ってるんだい?」

「あら、わたしのせいなの?その笑い」


もう少しで素振りを終える平部員たちのためにドリンクとタオルの入ったカゴを何往復かしてやっと運び終えた沙蘭は、大きく息を吐いて幸村の隣に身を落ち着かせた。


「あの日本人形を部室に置いたの、沙蘭だろう?」

「聞くまでもないでしょう?」

「ああ、そうだね。アレのおかげで部室でサボる奴らが少なくなって助かってるんだ」

「ん?それはどうして?」

「あんなもの部室に置いてあったら大抵の人は気味悪がるよ」

「うーん。悪いものじゃないのだけれど…。むしろ悪いものから守ってくれているから」


レギュラーの部室と平部員たちの部室は別れており、どちらの部室にも日本人形を置いた沙蘭。
レギュラー部室の方にはメアリーの入った日本人形。そして平部員部室の方には沙蘭が力を込めた日本人形が置いてあるのだ。

(まさかメアリーが"喰べれる"子だとは思ってなかったけれど)

どういうわけか、メアリーは悪い魂(霊)を喰らうことができる。
以前、沙蘭が学校から帰宅した時にメアリーから『入口のトコに悪いのイタからタベタよ』と嬉しそうに駆け寄ってきたのがそれに気付くきっかけとなったのだが。


「あ、そうだ」

「どうかしたの?」

「もうすぐ合同合宿があるって言っただろう?主催校が東京の氷帝学園ってところなんだけど、明日そこに行って今回の合宿の資料をもらってきてほしいんだ」

「わたしが?」

「そう。それが終わり次第、部活来てくれればいいから」

「FAXは?」

「マネージャーに取りに来させろっていう話でね」

「…何よその意味不明な話」

「本当だよ。あの腐れキング」


はあ、と大きな溜め息を吐いた沙蘭だったが低く呟く幸村を見ればその表情はニッコリ笑顔のままだったが何やら不穏な雰囲気を漂わせている。

(触らぬ神に祟りなし、ね)

沙蘭はその状態の幸村からそっと静かに離れると、次はレギュラー達にドリンクとタオルの準備をしに行ったのだった。

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