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幸か不幸か [1/3]




目に優しい緑色が一面に広がるテニスコート。

まさかここに自分が足を踏み入れることになるとは、と沙蘭は目を細めた。
沙蘭は男子テニス部のマネージャーになったということをまず真っ先にファンクラブの会長に伝えたが、会長からの返事といえば…。


『マネージャー!?素敵すぎ!眼福!これはもういつも以上にテニスコートに張り付く必要がありそう…あ、黒峰さんはマネの仕事最優先でいいからね!黒峰さんに限って前のクソ女みたいにマネの仕事放り出してどうこうするとは思ってないし、ちょっと手の空いた時とかにレギュラー陣と絡んでくれればいいからさ!』


とのことらしい。

会長も幸村も口を揃えて前のマネージャーを酷評しているようだが、それほどまでに酷いマネージャーだったのかと沙蘭は首を傾げた。
そもそもマネージャーであるのにその仕事を放り出してどうこう…とは一体何をしていたのだろうか。


「よっ!もう来てたんだな。入んねーの?」


しばらくテニスコートの外で考えを巡らせていた沙蘭の肩をポンッと後ろから叩いたのは、ぷくりとガム風船を膨らますブン太だった。


「少し考え事をしていたの。精市と待ち合わせしているのだけど、少し遅れてるみたいね」

「考え事ねえ…。幸村くんならさっき顧問に捕まってたからまだかかりそうだぜい」

「あら、そうだったのね。教えてくれてありがとう、丸井くん」


ふわりと微笑んだ沙蘭に、ブン太の心臓がドキッと高鳴った。それと同時に思ったことがある。

(なんか、幸村くんだけずりー…)

沙蘭が幸村を名前で呼ぶのは幼馴染みだからだと理解はしているが、それに対して自分はまだ名字呼びだ。
初めて会ってからそんなに日が経つわけでもないし、そこまで親しい間柄にもなっていない。

だがどうにも、この”差”にはモヤモヤする。

(敵は仁王だけだと思ったら大間違いだぜ、幸村くん)

沙蘭のどこが良いのかと聞かれたら、明確には答えられないのが正直なところだが、彼女に惹かれていることは確かだ。
ブン太は膨らませていたガム風船をパチンと割って、沙蘭にニッと笑顔を向ける。


「俺のこと、名前で呼んでいいからな!」

「え…どうしたのよ、いきなり」

「これから同じテニス部の仲間になるんだし、交流深めといて損はねーだろい?」

「仲間…」

「おう!それに、あのさ…黒峰が嫌じゃなかったら俺も名前で呼びたいなーなんて思ったり思わなかったり」

「…ふふ。どっちなのかしら」


おかしそうに笑う沙蘭に、ブン太の頬が自らの髪と似た色に変化していく。

こういうところ、だ。
沙蘭のこういう色んな表情を見るたびに、どんどん惹かれていっているのが自分でも分かる。


「さ、」

「―…沙蘭」


ブン太が彼女の”名前”を呼ぼうと口を開いた時、別の声がその名を呼んだ。

中性的な、透き通った声。
その声の主は幸村で、ブン太と沙蘭のすぐ近くに腕組みをして立っていた。


「待たせたね」

「顧問の先生とお話していたんでしょう?仕方ないわ」

「…丸井、部活の開始時間まであと10分ないけど?」

「はあー、タイミング悪いぜ幸村くん。ま、狙ったんだろうけどさ」

「何の話だい?」

「しらばっくれんの?…まあ、いいや。真田に怒鳴られんのも嫌だし、お先!」


何やらバチバチと火花を散らしているような2人を他人事のように見ていた沙蘭だったが、ブン太がこの場から去ろうとしていることに気付いてハッと彼の方へと身体を向けた。


「―…ブン太」

「…なっ、は…え?今、」

「テニス、頑張って」


唐突に沙蘭に名前で呼ばれたブン太は、ニヤける口元を隠すことなく嬉しそうに表情をだんだんと緩めていく。


「…っおう!俺の天才的妙技見せてやるから早くテニスコート来いよな、沙蘭!」


その光景が至極気に入らない幸村が眼光を鋭くさせて睨んでいきているのにも気づかないブン太は、気分が最高潮に高まったまま鼻歌を歌いながらテニスコートの方へと去って行った。

誰かを名前で呼ぶだなんて幸村以来だな、と新鮮な気持ちを抱く沙蘭の細い腕をグッと力強く掴んだのは幸村。


「ちょっ…痛いわよ、精市」

「男と仲良くさせる為にマネージャーにしたわけじゃないんだけど」

「は?何よそれ」

「…………」

「わたしが男目当てでマネージャーの話を受けたとでも思っているの?」

「…………」

「そう思っているなら残念ね。わたしはそういうの、興味ないから」

「―……分かってる。ほら、さっさと行くよ」


大きな溜め息を吐いた幸村は沙蘭の腕を掴む手の力をそっと緩めて、それから彼女のひと回り小さい手を握る。

(よく、分からないけれど…変な精市ね)

少しだけ震えているようにも感じた幸村の手を、キュッと握り返したのだった。

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