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憑いた生霊 [1/3]



真田によって保健室へ運ばれた仁王は、放課後になっても未だ目が覚めないでいた。


「う、っはあ…っ」


汗をかいてひたすら魘される仁王を見下ろして、自分の隣で腕組みをしていつも以上に難しい顔をしている真田の肩に手を置いてから保健室から出ていこうとする幸村。


「真田、今日の部活は無しにする」

「…ああ。だが仁王はどうするのだ」


柳が仁王の家族へ連絡をとって迎えに来てもらおうとしたが、彼の家族は生憎と泊まりで出掛けているらしく不在だという。
しかしこの状態の彼を1人家に帰すというのは不安で心配だ。


「連れて行く」

「?どこに…」

「後で分かるよ。俺は部員に伝えてくるから、仁王連れて昇降口で待ってて」


意味深な含み笑いを零した幸村に、真田は疑問符を飛ばしながらもその言葉に従うことにした。

それにしても、仁王は男だというのに身体が軽い。
昼も思ったことだが、今再び担いでみればやはりそれがよく分かる。


「まったく…そのように軟弱では日本男児の名も廃るというもの。たるんどる」


背中に背負った仁王にそう呟いて、真田は幸村の後を追うように保健室を後にした。
事の次第が収束したら仁王にはもっと筋肉をつけさせようと心に決めて。




□ □ □




今日は客がくるから大人しくしていろと言ったのにも関わらず、自分の足にしがみつくメアリーの頭をクシャクシャにかき回して沙蘭は玄関へと向かった。


「いらっしゃい…って、こんなに大勢でとは聞いてないわよ?精市」


沙蘭の目の前には見知った顔と見知らぬ顔が数名ほど。
呆れたように言う沙蘭に幸村はニッコリと笑いかけていた。


「沙蘭、別にもういいだろう?ここにいるのは皆、テニス部の仲間なんだ」

「んー…まあ、わたしの学校生活に支障をきたすようなことにならなければなんでもいいわ。ここではなんだし、どうぞ入って」


ガラリと玄関の扉を全て開けて、家の中に入るように促す沙蘭。


「失礼する。また迷惑をかけてしまうな、黒峰」

「柳くん、困ったときはお互い様よ」


今日は珍しく両手にノートとペンを持ってない柳を珍しく思いながら、沙蘭はペコリと浅く頭を下げて家に入っていく柳を見送った。

ちなみに幸村は、沙蘭がどうぞと言った瞬間にすでに家の中へ入っている。


「よっ!黒峰。なんか今度は仁王の奴がやべーみたいだからよろしく頼むぜぃ」

「あら、丸井くん。あなたは、こないほうが良かったんじゃないかしら?」

「…えっ。なんでだよ」

「ほら、あの時のメリーさん。わたしの家にいるのよ今は」

「は、はああ!?」

「今もわたしの足にくっついて離れないの。丸井くんのこと凝視してるわ」

「や、やめろよぃ…ッ!」


沙蘭の足元に視線を落としたブン太はブルブルと身体を震わせて家の中へ走っていってしまった。

からかっているわけではないけれど、あれは人を驚かすのが好きな霊たちが一番喜ぶ反応だ。
クスリと笑う沙蘭に、メアリーが『アカイの家の中にイッタ!』と彼女の足から離れてブン太を追いかけていってしまった。


「―…黒峰」

「こんにちは、真田くん。ようこそ」

「あまりうちの部員を脅かさないでくれないか?あのような情けない姿、周りにはとても見せられん」

「脅かしているつもりはないわ?事実だもの」

「霊などいるわけ…」

「幸せね、真田くんって。…そんな話は今はどうでもいいわ。仁王くんも危険な状態なのだし、早く家の中へ」


沙蘭の視線は真田の後ろに向けられた。
しかしそれは彼の背にいる仁王に向けられたものではないことは、沙蘭自身しか分かり得ないことだろう。

渋々と家の中へと入っていった真田を見届けて、まだ玄関前にいる3人をチラリと見やる。


「柳生くん以外は、初めまして。精市の幼馴染みの黒峰沙蘭といいます」

「あ、初めまして。俺は、ブン太とダブルスのペアのジャッカル桑原だ。なんだかメリーさん?退治してくれたみたいで助かった。サンキューな」

「退治…というかわたしの家で保護しているようなものだけど。あなたは外国の血が入ってるのかしら?」

「ああ、ブラジルのハーフなんだよ」

「なるほど。ふふ、それでそんなに暖かくて強い気が纏っているのね」


ニコリと微笑んだ沙蘭に、ジャッカルの小麦色の肌にポッと赤みがさす。


「柳生、俺こんな美人…日本で見たことねえ」

「言いたいことは分かりますが、鼻血を出すのはやめてくださいね。生憎今日はお気に入りのハンカチしか持っていないので」

「ばっ、鼻血なんか出すかよ!」


柳生は眼鏡を上げると、お邪魔しますと家の中へ入っていく。
それからジャッカルは、今までずっと黙ったままだった赤也に気付いてその背中をポンッと叩いた。


「ほら赤也。なに緊張してんだよ」

「なっ、あ…ちょっとジャッカル先輩押さないでくださいよ!」


クルクルの癖っ気が印象的な男の子。目は少しつり気味だが、クリッと大きい。

(ああ、この子が精市の言っていた”手のかかる可愛い後輩”ね)

沙蘭をチラッと見ては視線を外し、また沙蘭を見るという謎の行動をジャッカルの背に隠れながら繰り返すその赤也の様子に沙蘭はクスクスと笑う。


「初めまして、黒峰沙蘭よ」

「うぐ。あー…俺っ、切原赤也っす…」

「切原くん、そんなに怖がらなくても大丈夫。ここに悪い霊はいないから」

「べ、別に怖がってるわけじゃ…!ただ、あの黒峰先輩とこんな風に喋れるとか思ってなかったんで心の準備が…。それに幸村先輩の幼馴染みっていうし…」

「ふふ。精市の言っていた通り、素直な子ね。そんなに緊張しないで、ほらリラックス」


緊張で強張っている赤也の表情を見て、沙蘭は微笑むと彼の頬を両手で包み込み、額と額をコツンと合わせた。


「なっ…黒峰先輩!?」

「はい、深呼吸」

「え…あ、はい!すうーはあー…」

「気分はどうかしら?」

「…っ、落ち着いたと思うっす…」


そう答えながらも、ドキドキと心臓がうるさくなるのを赤也は感じていた。

(黒峰先輩、すげえ良い匂いした…!しかも、冷たい人かと思ってたのに優しくて良い人じゃん…!)

目の前でニコニコ笑う沙蘭。
同じ笑みでも幸村のものとはまるで白と黒くらい違うな、と赤也は思う。


「さ、あなたの先輩を助けないといけないわ。家に入って」

「ういっす!お邪魔します!」


すっかり緊張を解いて屈託なく笑う赤也に、少し面食らったように目を見開く沙蘭。

(これは精市が可愛がる理由も分かる気がするわね)

思わずわしゃわしゃと頭を撫でたくなったが、初対面でそれはまずいだろうと自制して赤也とジャッカルが家に入ったのを確認すると玄関の扉を閉めた。


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