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蝕むモノ [1/2]



約1ヶ月後に控えた他校との合同合宿に向けて、最近は朝練の時間を1時間早めている男子テニス部。
時間ギリギリにテニスコートへ来た赤也が真田に叱咤されているのを見てから、幸村は顔色の悪い仁王の肩へと手を乗せた。


「やあ、仁王。今日は一段と顔が青白いね。いつもより早起きしたからってわけでもなさそうだけど」

「…幸村。俺の部屋、幽霊いるかもしれん…」


その言葉を聞いて、幸村はさして驚くこともなく携えていた笑みを崩さない。

(沙蘭、君が思っているよりも早いみたいだよ)

先日沙蘭の家へと言った時に言われた言葉を思い出して、幸村はやれやれと肩を竦めたくなった。


『精市と同じテニス部に、銀髪で口元にホクロがある人いるわよね?その人、女の人の生霊に憑かれてる。それも1体だけじゃないの』


女嫌いなところは仁王と変わらない幸村だが、そこには大きな違いがある。それを態度に出すか出さないかだ。

仁王の告白の断り方はこっ酷いものだと幸村も小耳に挟んだことはある。
仁王に憑いている生霊というのは、憶測ではあるがきっと彼にこっ酷い振られ方をした女達のことなのだろう。

自分もできることなら彼と同じような断り方をしたいと思ってはいたが、泣かれたり変に恨みを買ったりすることになるのが面倒であまり相手を傷付けないようにと心掛けて断るようにしていた。
それで調子に乗られるのは不本意ではあるが、生霊なんかに憑かれるくらいならよっぽどマシだと幸村は思う。


「肩が重い?金縛り?」

「どっちもじゃ…。あー、しかも昨日は首絞められたぜよ…」


首回りを撫でながらそう言う仁王は、充分に睡眠がとれていないのか目の下に隈ができていてやつれているように見えた。


「なあ幸村。お前さんの知り合いにそういうの祓ってくれる奴おるって言ってたじゃろ?これ、お願いできんかのう?」

「…んー、そうだね。そろそろ合宿もあるし、大事な戦力を失うのは俺も嫌だからね」

「う、失うって…。俺は死ぬんか!?」

「さあ、どうだろうね?とりあえずその人に言っておくよ」

「…ああ、本当に頼んだぜよ」


どんよりと背中に影を背負って、仁王はテニスコートへと入っていった。

沙蘭へ想いを寄せる仁王を、できれば彼女に会わせたくはない。
それが幸村の本音ではあったが、大事なメンバーが部活に支障が出てしまい、最悪命に関わることになってしまうとなれば我儘言っている場合ではないだろう。


「はあーあ、やんなっちゃう」

「む。どうしたのだ幸村。たるんど、」

「真田のばーか」

「なっ…!?」

「精市が八つ当たりをしている確率80%だ」

「残念。100%だよ」


とりあえず今日の放課後にでも連れて行くか、とギャアギャアうるさい真田を見ながら幸村はふうと息を吐いて微笑んだ。





□ □ □



「仁王先輩、あの…!」


高い女の声が耳障りだ、と仁王は顔を歪めた。

夜も眠れず、疲れも取れず、体調もすこぶる悪くて部活すら身に入らないというのに。
昼休みくらいは身体を休められるだろうと屋上へ向かおうとしたら目の前の女に引き止められて、告白なんていうくだらないことにその時間を削られている。

そのことが仁王をひどく苛立たせているのだが、相手に思いを伝えようとする女はそんな彼の様子に気付くはずもなかった。


「私、仁王先輩のことが好きです…」

「うるさい」

「…えっ」

「うるさいんじゃ…こっちは色々あって疲れとるっちゅーのに」

「あ、あの…ごめんなさ、っ」

「俺のことが好き?すまんな、俺はお前さんのこと今嫌いになったぜよ」


イライラに支配された仁王は、もはや何かを考えて言葉を発するというよりも勢いに任せて言葉を発していた。
相手を酷く傷つけているだとかいつもは多少の自覚はあったのだが、今の彼にそれを思う余裕なんてものはない。

ポロリと涙を流す女を見ても、何も思わないのだろう仁王はその様子を見て小さく舌打ちをした。


「これ以上何か言われたくないならどっか行ってくんしゃい」


キッと思い切りこちらを睨みつけてその場から去っていく女を見届けて、仁王は木の下にごろんと寝転がった。

(こんな俺の何が良くて好きなんじゃ…って、ああ顔か)

そんなことを考えて右腕を目の上に乗せた仁王はそのまま意識を沈ませたのだった。

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