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厄介な感情 [1/3]




ピチュピチュ。
小鳥の囀りが聴こえ、うっすらと目を開く。


『あ、オハヨオハヨ!沙蘭おきたネ!』

「……おはよう。メアリー」


朝起きてすぐ視界に入ってくるのが血濡れの少女だなんてどんなホラーだ。
沙蘭はピクピクと顔を引き攣らせながら身体を起こしたのだった。



□ □ □



メリーさんの正体は、捨てられたフランス人形に宿った残留思念。
今まで大切にされてきたのにいきなり捨てられて”憎い”という感情が強く、その憎悪に呼び寄せられた死者の残留思念がその人形に宿り、今回のような怪奇を起こした。

あの夜。フランス人形の思念体を一度あの日本人形へと移し、家に持ち帰ってきた沙蘭は泣きじゃくりながら話す少女の言葉にきっちりと耳を傾けていたところ何故か妙に懐かれてしまったのだ。

(メアリーはあの家からは出られないから、誰かに危害を加えるようなことにはならないだろうけれど…)

沙蘭の傍にいたいと駄々をこねるメアリーを家に置いて2日経つが、毎朝あんな起こし方されていたら心臓がいくつあっても足りない。
そういうものを見慣れているとはいえ、不意打ちはさすがに驚いてしまう。

はあ、と大きな溜め息をついた沙蘭は手に持ったジョウロに水が無くなっているのに気が付くと水道まで足を運んだ。




パコーン、パコーン。
ラケットにボールが当たるインパクト音が耳に心地いいなと感じながら、沙蘭はその音がする方へと目を向けた。

(本当に、キラキラして眩しいわね…)

先日まで関わりのあった赤い髪の彼は、とても楽しそうにラケットを振っている。
自分と同じ年齢なのかと疑ってしまうほどに、彼…丸井ブン太は無邪気に笑っていた。

そしてその様子を薄い笑みを浮かべながら見ている幼馴染みの姿も目に入り、沙蘭は彼が自分に気付くかどうかとしばらく見つめてみることに。


「……あっ」


しかし10秒も経たずに幸村はこちらを向いて、目が合うと同時にふわりと微笑まれた。

(…あれがクラスの女子達が言っている”悩殺スマイル”というやつかしら)

実際に、フェンスの外で群れをなしてテニス部たちに声援を送っていた女子達は今の幸村の顔をみて顔を赤くして発狂している。
相変わらずの幼馴染みの人気ぶりに、見てるこっちが疲れてきそうだと沙蘭はテニスコートから視線を外すことにした。


「―………?」

「プリッ」


出しっぱなしだった水道の水を止めて花壇へと戻ろうとした沙蘭の目の前には、長めの銀髪をちょろりと後ろで結い、口元のホクロが印象的な男が映る。

彼の着ているジャージ姿を見て、幸村と同じテニス部のレギュラーなのだと認識した沙蘭は周りに誰もいないだろうかと不安になりキョロキョロと顔を振った。


「あの、わたしに何か御用かしら?」

「…お前さん、テニス部の誰狙いじゃ?」

「誰狙い?」

「誰かお目当てがいなきゃあんなにテニスコート見ないじゃろ」

「あら、お目当てがいなければ見てはいけないの?」


人差し指を顎に当てて、わざとらしく首を傾げる沙蘭をジッと観察するように見るのはコート上の詐欺師と呼ばれる仁王雅治だった。
水道でジョウロに水を汲む沙蘭をたまたま見かけた仁王は、彼女の視線の先がテニス部だということに気付き声をかけたのだ。

(黒峰沙蘭。謎の多い美少女、のう)

確かに噂通り、彼女の顔立ちは整いすぎているくらいの美形だ。
その美しさ故に近付きたくても近付けないという学内では高嶺の花のような存在で、そういった意味ではあまり人と一緒にいるところを見かけないという。


「じゃあなんでテニス部を見てたんじゃ?」

「…眩しい、と思って」

「は、眩しい?」

「ええ。あんなに何か1つのことに一生懸命に、そして楽しそうに取り組む姿がキラキラ輝いて。それが眩しくて…」


わたしにはあそこまで夢中になれるほど好きな事、ないもの。
目を細めて呟くようにそう言う沙蘭は儚げで、今にも消えてしまいそうな雰囲気を纏っていた。

仁王はそんな彼女を見ていると、何故かドキドキと心臓が煩くなっていることに気付いた。
そして沙蘭が明らかに、自分が今まで見てきた女達とは違うということにも。


「そろそろ花壇に戻るわね。部活、頑張って」


ヒュウと吹いた風が、そう言った彼女の長くて綺麗な黒髪をサラサラとそよがせる。
それから顔にかかった髪を細く白い指で絡めとり、耳にかけた。
その一連の動作を、仁王はドキドキする胸に手を当てながら目を離すことなく見つめていた。


「あ、そうだ」

「……っ?」

「あなた、女の子関係に気を付けた方がいいわよ。あまり人の恨みを買わないようにね」


そう言い放ち、ヒラヒラと手を振ってその場を去っていく沙蘭の後ろ姿を半ば呆然として仁王は見送ったのだった。

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