メリーさん [1/3]
久しぶりに快眠できた気がする。
味噌汁の匂いと焼き魚の香ばしい匂いを嗅ぎながら、ブン太はボーッと箸をくわえていた。
(最近はまじであの電話にビビって夜も寝れなかったからな…。ん?てか、あれ?)
はたと気付いたことがあり、それを聞こうとした人物をキョロキョロと探すが見当たらない。
そんなブン太の様子に、すでに朝ご飯を平らげた柳が声をかけた。
「どうした、丸井」
「あー、いや。黒峰はどこにいんのかと」
「沙蘭なら庭だよ。花に水あげてる」
幸村が食器を流しへ片付けながらそう言えば、ブン太はさっきから感じてた違和感の正体が分かった。
いつも目が覚めれば自分の弟たちがうるさく騒いでいる声が耳に入るはずなのに、今日はそれがない。
うるさいどころか、この家ではポンッとたまに鹿威しの音がなったり心地よい風が家の中まで吹き抜けてきたりと今まで感じたことのない神聖な雰囲気だ。
(すげー…なんだこれ、癒される)
思わず箸の動きすら止めてマイナスイオンを感じる空気を肺いっぱいに詰め込むように深呼吸をしたブン太を見て、幸村はクスリと笑っていた。
□ □ □
「昨夜はよく眠れたかしら?」
朝練があるテニス部たちに合わせていつもより早く家を出ることになった沙蘭。
上目遣いに首を傾げて聞いてくる彼女に、ブン太はほんのり頬を赤く染めて頷いた。
「ひ、久々にな!電話もかかってこなかったし…って、!」
「ふふ。気が付いた?昨日丸井くんが家に泊まってる間は電話、かかってきてないのよ」
そういえばそうだ。
今までは時間関係なしに1日に最低でも1回はかかってきてたのに。それなのに何故、昨夜は1回も?
ブン太が頭の上に疑問符を飛ばしていると、柳がノートから目線を外して顔を上げた。
沙蘭が見てる限りでは、柳は常にノートとペンをその手に携えている。
一体何をそんなに書き込むことがあるのやら気にはなるが、それはまた事が落ち着いたら聞いてみることにしようと沙蘭は決めた。
「結界みたいなものか?」
「あら、柳くんご名答。その通り、わたしの家には強固な結界が張ってあるからちょっとやそっとのことでは干渉できないようにしてあるのよ」
霊やそれと類似したもの達が。
そう続けた沙蘭は苦笑する。
(そもそも自分のような種の人間には、結界が張られていなくてもあちらの方から寄ってくることなんてまずないけれどね…)
沙蘭の家に結界が張られていること等、幸村はとうの昔に知っていたことであるため彼はさしてその話に興味を示すことなく淡々と足を進めていた。
「そんなことより。丸井に何かしてもらう必要があるんじゃなかったのかい?」
「あっ。そういえばそうだったわね」
忘れていたという素振りをする沙蘭に、それが一番重要なのに忘れてもらっては困る!とブン太は慌てている。
「えっと、丸井くんにしてもらいたいことは…」
その1、かかってきた電話は全て出ること。
その2、相手がどんな反応をしてきたか報告すること。
その3、極力ひとりで行動しないこと。
沙蘭が右手の指を3本立ててそう言い放つと、ブン太はキョトンとして目をわずかに見開いた。
「それだけ…?」
「ええ、それだけよ。あとはあちらの出方に合わせて、わたしが行動を起こすだけ」
人を危険に脅かす悪いモノは野ざらしにしておけばその力を増幅させていき、やがて手のつけられないものとなってしまう。
そうなってしまう前に、そしてこちらの話が通じるうちに、ブン太を標的にする彼女と顔を合わせなければ。
その為には、彼女が今どこにいて、いつブン太の背後に現れるのかを把握しておく必要があったのだ。
(あと2週間ってところかしら…)
ふう、と沙蘭が息を吐いたところで立海大附属中の校門が見えてきた。
「じゃあ、3人とも朝練頑張ってくださいな」
「沙蘭はどうするの?部活見てったら?」
「そうね…でも、花壇の様子も見たいからまた別の機会にするわ。誘ってくれたのにごめんなさいね」
「本当にね。この俺の誘いを断るなんて、沙蘭だけじゃない?」
「あら、それは光栄ね」
「なにが光栄?」
「精市の中でわたしだけという特別があることが、よ」
そう言ってふんわり微笑んだ沙蘭は、胸の前で小さく手を振ると校舎内に消えていった。
その微笑みはまるで聖女のようだった、とそれを見た柳は後に語る。
「…いきなりデレるなよ、気持ち悪い」
「精市、言葉と顔が合ってないぞ」
「うるさい蓮二!ほら、朝練行くよ」
「うわーあの幸村くんが照れてるぜぃ…。まあ確かに黒峰のあの顔はやべーけど!」
「丸井…おまえだけ練習量増やされたいのかい?」
「ごめんなさい」
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