狙われた男 [3/3]
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幸村と丸井、そして柳の3人は大きな日本家屋を目の前にしていた。
「でっけえ家…」
「ふむ。ここが…」
丸井は大きな目を瞬きさせて呆けたように家を見つめ、柳はノートをとる。
その様子に苦笑しながら、幸村はインターホンなど鳴らすこともなしに門を開けて敷地内へと足を踏み入れた。
庭はとんでもなく広く、小さな池には錦鯉が数匹泳ぎ、枝垂れ柳が数本植えてあったりもする。
この家に住んでいるのは相当の人物だろうと柳は期待を抱かせた。
玄関前までくると、家の中からトタトタと足音がして静かに扉が開かれた。
「―…いらっしゃい」
「やあ、沙蘭。待たせたね」
「あれ、おまえ…!」
「なるほど。ここは黒峰の家だったのか」
扉から顔を覗かせたのは、漆黒の髪に真っ白な肌。そして切れ長な深い海の瞳。
丸井が心の中で密かにアイドルのように憧れていて、柳がデータをとりたがっている黒峰沙蘭。その人であった。
(うっわ。こんな近くで見たの初めてだぜぃ…!肌しっろ!顔ちっちゃ!)
興奮冷めやらぬ様子でそわそわし出す丸井を冷ややかな目で見つめる幸村は、助けるのやめようかな…と一瞬思ったがそんなわけにもいかないと小さく息を吐く。
3人を小さな和室に通し、身に纏う紫色の浴衣(着流し)の裾を軽く押さえて沙蘭はゆっくりと正座した。
「初めまして。黒峰沙蘭といいます」
「へ、あ…俺、丸井ブン太!シクヨロ!」
「俺は柳蓮二という。俺も丸井も、精市と同じテニス部だ」
沙蘭の目についたのは、まるで熟れた林檎のように赤い丸井の鮮やかな髪の毛だ。
(なるほど…狙われているのは、彼の方で間違いなさそうね)
彼に迫る危険に沙蘭が気付いたのは先週のこと。ちょうど丸井がフランス人形を拾ってしまった時期だった。
しばらく様子を見ていたが、彼に纏わりつくモノが徐々に黒みを帯びていくのを見てさすが放っておいたら危険だと。
丸井が幸村と同じ部活だということを沙蘭は知っていた為、つい先程幸村に連絡を入れたところだったのだ。
「幸村くん、俺を助けてくれる人ってまさか黒峰のこと?」
考え込む沙蘭を見計らって、コソコソと小声で話かけてくる丸井に幸村は頷いた。
柳はといえば、先程からずっと忙しなくペンを動かしている。
「あいつは、そういうのやっつける力を持ってるからね。きっと何とかしてくれるよ」
「…ちなみに、幸村くんと黒峰さんってどういう関係?」
「ん?ああ…恋人、かな」
「え、はあ!?」
いきなり大きな声を出した丸井に、心底驚いたように沙蘭がビクリと肩を跳ねさせると幸村は愉しそうに笑った。
そんな幸村の表情で、何か変なことを言ったんだろうと予測した沙蘭がわざとらしく大きな咳払いをする。
「わたしと精市は幼馴染みなのよ。これは秘密にしてちょうだい。精市って顔は良いから、学校の女の子達に知られたくないの」
「顔はってなに。…いいよ。そんな生意気言うなら明日にでも俺の彼女だって噂流してあげようか」
「したらいいじゃない。それならわたしは転校するだけよ」
「…あっそう」
精市の負けだな、と柳は思った。
沙蘭はおそらく、幸村が幼馴染み以上の感情を抱いている相手。そんな彼女に離れられては本末転倒だろう。
拗ねたように顔を逸らした幸村、そして素知らぬ顔でお茶を呑む沙蘭。
(仲が良いのか悪いのか分かんねーなこの2人…)
その間に挟まれた丸井は、美男美女の冷たい空気に身を震わせていた。
「さて、本題に入りましょう。…丸井くん」
「…お、おう」
「このままでは近いうちにあなたは命を落とすことになる」
「………っ!」
「そうならない為に、わたしがこれから言うことを実行してもらう必要があるわ」
「…黒峰の言う通りにすれば、死なないのか?」
小さな声でそう言って、上目使いで見上げてくる丸井がなんだか可愛く見えた沙蘭はふと微笑んでその赤い頭に手を乗せる。
「もちろんよ。わたしが助けるもの」
「っ分かった!俺、おまえのこと信じるからな…!」
相当怖い思いをしてるだろうに、ニカッと笑う丸井に面食らう沙蘭。
(精市の友達とは思えないほど、素直で純粋ね)
幸村に対してそう憎まれ口を叩くものの、沙蘭は幸村が嫌いなわけではない。2人は”喧嘩するほど仲が良い”の典型なだけだった。
「沙蘭のやつ、ほんとムカつくよ。俺にはあんな風に笑わないくせに」
「嫉妬か、精市」
「…別にー」
不機嫌そうな幸村に気付いた沙蘭が、そろそろご機嫌取りしないと面倒なことになりそうだと苦笑して立ち上がった。
「精市、今日は泊まっていったら?いつも行くお魚屋さんからオマケでたくさんもらっちゃったのよ。よかったら食べていって?」
「んー…まあ、どうしてもっていうなら泊まっていってあげてもいいよ」
「どうしても。お魚悪くなっちゃったら勿体ないもの」
結局その日は、丸井も柳も沙蘭の家に泊まっていくことになり。
幸村以外が家に泊まるのは、沙蘭にとって初めての経験となったのだった。
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