危機一髪 [2/2]
一方。
結界をはる為に貼っていたお札を剥がしてしまった切原たち。
「ッ忍足さんもっと速く走ってくださいッス…!」
「うわあ…っ!嗤ってるあいつ!!助けて沙蘭さーん…!!」
「はあ、はあ…ッ!な、なんやっちゅうんやー…っ!!」
「………っ、」
走る足を休めることなく動かし続け、何者からか逃げている彼らの背後には。
―――キキキキッ。
気味の悪い笑い声。痩せこけた頬に細長い顔つき、ボサボサに伸びた白髪、赤色の眼をした老婆の姿があった。
黒いフード付きのボロボロな衣を身に纏い、左手には大きな鎌が握られていて、その身体は宙に浮いている。
誰がどう見ても、この世のものとは思えない装いをした化け物だ。
「っつーか、日吉大丈夫かよ…!」
「……っ、無理」
化け物が目の前に現れた瞬間、日吉は自力で立つことができなくなってしまっていた。
そんな日吉に狙いを定めて化け物が振り下ろしてきた鎌を咄嗟の瞬発力で回避させた忍足が、そのまま日吉を背中に担いで走って逃げているのだ。
顔色をすこぶる悪くさせる日吉に声をかけた切原だったが、日吉は閉じた目を開けることなく返事をした。
「なあ、もしかしてアレって俺らを怖がらせるための仕込みかなんかかもしれへんで…!?」
「100%無いっスね。…アレ、さっきから木とか普通にすり抜けてるし」
「がっつり本物やないかああ…!!」
「……俺、本物、初めてみました」
「日吉くん…!?体調悪くても心なしか声が弾んでるような気がするんは気のやんな!?」
「うっ…幸村部長ー!沙蘭さーん…!」
この暗い森の中。どこに向かって走っているのか、もはや彼らには分からない。
ただひとつ分かることは、背後から追いかけてきている”アレ”に捕まってしまったら…最悪な事態になるということだけ。
そして他にも深刻な問題があった。それは、彼らの体力が限界を迎えそうになっていることだ。
自分とほとんど体格差のない日吉を背中に乗せて走り続けている忍足は特に辛い。
「はあ…っ、こないなことになるならもっと体力強化しとけばよかったでホンマに…!」
「こんなこと予想できる方がすごいよね…っ」
「くそ…!俺、こんなとこで死にたくな…ッあ!?」
「うぐ…っ!?」
あまりの恐怖に情けなくも視界が潤み、切原が自分の目をグッと拭った時だった。
地面にあった大き目の石に足を躓かせて大きく前に身体が倒れてしまい、切原の前を走っていた越前は後ろからの衝撃に耐えきれず2人して地面に転倒してしまう。
「っ、切原くん!越前くん!大丈夫か…!?」
「痛…ッ、!」
「あ……っ?」
地面に転がる2人が上半身を起こしたのが見えた忍足がホッと息を吐いたのも束の間。
彼らの目の前には、穴の空いた仄暗い瞳と耳まで裂けた口をニタリと醜く歪ませた老婆の化け物が迫っていた。
―――キキキキッ。
ヤツが大きく鎌を振り上げるが、誰もその場から動こうとしない。否、動けない。
誰が狙われてるかも分からないまま、4人には、振り下ろされてくる鎌がスローモーションに見えていた。
「−……、間に合ってよかったわ」
聴こえてきたのは、透き通った力強いあの女性(ひと)の声。
その声と同時に、リィンと鈴の音が鳴り響くと目の前の化け物は更に顔を醜く変形させて鬼の形相で自分たちの後ろを睨みつけている。
「隠り世へお戻りなさい。―――”悪霊退散”」
沢山の文字が羅列した白い札を顔に突き付けられた化け物はそのまま、聞いたこともないしこの先二度と聞きたくもないような奇声を上げてその身体を消していった。
(…良かった、本当に良かった。あと少し遅ければ………なんて考えたくもないわね)
ふう、と一息ついた沙蘭は珍しく額に滲む汗を片腕で拭う。
「っ、沙蘭さーん…っ!!」
「赤也!…無事で良かったわ」
泣きながら抱き着いてくる切原の頭を撫でて宥めていると、日吉を背に乗せたまま立ち尽くしていた忍足がそのまま地面に尻をついた。
「あ、はは…。腰、抜けたわ…」
「もう大丈夫よ。結界は直したから」
「…はあ、疲れた。俺、早く戻って風呂入りたいっス」
「そうね。わたしも久しぶりに汗をかいたから早く洗い流したいわね…」
それから沙蘭は未だ顔色を悪くさせたままの日吉に近付き、彼の前髪をかき分けて額を晒し、そこに勾玉を軽く触れさせる。
(今朝の霊力の消耗もあるけれど、重度の悪気に中てられたことが一番の原因ね)
自分の霊力を駆使して日吉に念じ込むと、段々と顔色が良くなってきて彼の守護霊も朧気に姿を現せた。
「…幽霊って本当にいるんですね」
「ええ、まあ…あれはちょっと特殊で幽霊とはまた違うものだけれど」
沙蘭はそう言って、何かを考え込んで森の奥をジッと睨むように眺めている。
何はともあれ。
波乱の肝試しはこれにて終了したのだった。
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