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事前準備 [2/2]


肝試し当日の早朝。
昨日のミーティングの後、榊に頼み込んで事前に肝試しのルートを教えてもらうことに成功した沙蘭は朝霧に包まれて異様な雰囲気を醸し出している、肝試しルートのメインである森の中にいた。


「札は3枚…って、ああもう。こうなるならもっと持ってくるんだったわ…」


沙蘭が何かあった時の為にと持ってきた除霊や封印などに使える赤い札は全部で3枚。

そして運悪く、榊から渡された肝試しのルートは思っていたよりも長い。そして彼から渡された手書きのルート紙を見れば、少し離れた所にある墓地もルートに組み込もうとして断念したような形跡もあるではないか。

(人の不幸を願ってはいけないと分かってはいても、あの人達にはタンスの角に小指をぶつけるくらいはしてほしいわね本当に…)

くしゃりとその紙を握りつぶしそうになるのをグッと堪えながら、ジャラジャラと音を立てる鈴付きの数珠を手に持って森の中を歩く。
そんな沙蘭は少し歩き始めたところで足を止め、不意に振り返った。


「―…誰か、いるのかしら?」


霊ではない、もっとはっきりした気配。生気の感じられるそれは明らかにその身に命を宿している。
この森に入ってからずっとその気配を感じてはいたが、ここまで後をつけられているとなると気になってしまう。

沙蘭が未だ薄暗い森へと声をかければ、カサリと音を立てて姿を現した気配の正体。


「あら?あなたは確か…」

「…おはようございます、黒峰さん。俺は、」

「知ってるわ。氷帝の日吉くん、でしょう?確か…演武テニスとか古武術を取り入れた変わったテニスをするわよね」

「っ、知ってくれてるんですね」

「ええ、もちろん。この間のシャッフルマッチの全試合、見させてもらったもの」


ふふ、と沙蘭が優雅に笑えば日吉は気恥ずかしそうに彼女から視線を外して余裕ぶるように澄ました表情を浮かべる。


「それで、日吉くんは何故ここに?」

「朝早くに目が覚めてランニングをしていたらちょうど黒峰さんが合宿所から出ていくのが見えました。よく見たら手に数珠とか札とか持ってたんで…。俺、けっこうそういうの興味があるんですよ」

「…なるほどね。それで面白そうって思ってついてきたってことかしら?」


チラチラと沙蘭の持つ数珠や札を見る日吉の目は、普段はクールな彼には珍しく輝いているようにも見える。

実際、妖怪や都市伝説系のオカルト話や幽霊などの心霊系の話が好きな日吉の胸は踊っていた。
沙蘭を一目見た時から彼女から漂う神聖な空気を感じ取り、自然と目で追うようになってしまってから分かったこともある。彼女が”見える”人だということを。

今朝、合宿所から出ていく沙蘭を見かけたときもチャンスだと思ってしまったのも事実。
日吉は財前のように自分で見たものしか信じないタイプでも、無条件にその存在を信じているわけでもない。
自分に見えずとも基本的にはそういう類の存在を信じてはいる方ではあるのだが100%でもなく、自分の周りに”そういう”経験をしたことがあるという人が1人でもいれば更に信憑性も上がるのだが如何せん居ない。

(俺は知っている。この人が夜な夜な、変わった数珠を持ち歩きながら誰もいないのに誰かと会話していたりするのを見てる。興味を惹かれないわけがない)

口角が上がりそうなのを必死に我慢しながら日吉が頷けば、沙蘭は小さく溜め息を吐きながら日吉の額にピトッと人差し指をつけた。


「…あら、あなたも霊力があるのね」

「―…っは?」

「千歳くんほどではないけれど。今まで”そういうモノ”見えたりしなかった?」

「……いや、全く」

「そう。もしかしたら、日吉くんの守護霊が見せないようにしてるのかもしれないわね」


そう言って自分の背後に視線を向ける沙蘭。
ヒュッと息を呑めば、何故かほんのりと背中が熱を持ったような感覚に襲われて日吉は顔を顰める。


「…俺の守護霊ってどういう人なんですか?」

「ずっと昔の人かしらね、着物を着てるわ。女性よ」


守護霊となる霊魂は、その人の血縁者や先祖だけに限るものではない。
だが日吉の背後に漂う守護霊の彼女はまだ若く、とてもよく日吉に似た女性で。きっと彼女は日吉の先祖にあたる人物なのだろうと思い、沙蘭はその”彼女”に向けて何か安心させるようにふわりと微笑んだ。


「さて日吉くん。わたしは今から今日行われる肝試しのルートに結界を張って回るつもりなのだけれど、よければ手伝ってもらえないかしら?」

「…は、え?俺が、ですか?」

「霊力のある人なら誰でも出来る簡単なものよ。本当はそれだけじゃ不安なのだけれど、生憎と準備が足りなくてそれくらいしかできないの」

「……はあ」

「憎いことにルートもなかなかに長いようだし、等間隔で結界を張っていくにしても骨が折れると思っていたところだったのよ」

「それを俺がすることで、俺に何か悪影響はありますか?」

「そうね…日吉くんの霊力は弱い方ではあるけれど、これを機に強くなってしまって今まで見えていなかったものが見えるようになってしまうかもしれない。悪影響と言えば悪影響ね」


そう口に出してから思ったが、やはり日吉に手伝わせるのは良くないなと沙蘭は思い直す。

霊力が強くなればなるだけ、霊を引きつけてしまう。中途半端に霊力を持つ人間を面白がって付け狙う悪質な霊が放っておいてくれなくなる。
そうなれば勿論、日常的に日吉の身に危険が迫る可能性が高くなるのだ。


「やりますよ。面白そうじゃないですか」

「あ、いや…日吉くん、やっぱり、」

「その代わり、俺は霊を見たこともなければそれへの対処法も知りません。もし霊力が強くなってそういったモノが見えるようになったりしたその時は、俺に色々と教えてください」


それさえ分かれば、霊と会っても”下剋上”してやりますよ。
口角を僅かに上げてそう言う日吉に、沙蘭は苦笑を漏らすしかなかった。

(霊に下剋上というのはよく分からないけれど…本人が問題ないと言うなら大丈夫そうね)

沙蘭は手に持っていた赤い札を3枚とも日吉に手渡してから、手首に通していた数珠の1つを外してそれも日吉へと渡す。


「何かと教えるのは合宿が終わってからにしましょう?都合の良い日を教えてくれれば合わせるわ。とりあえず今は皆が起きてくる前に色々と終わらせるのが先ね」


渡されたものを眺めながらコクリと小さく頷いた日吉。
それから結界を張り終わったのは朝食の時間である7時半の5分前のことだった。


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