惹かれる [3/3]
跡部の沙蘭に対する疑いも晴れ、彼女の怪我も大事には至らず。
一度は中断されたシャッフルマッチも無事に全試合終えることができた、のだが。
「沙蘭先輩、元気出してくださいよー…!」
「……無理よ」
「ほら沙蘭!プリン食べるか?」
「…いらないわ」
「沙蘭ちゃん、膝枕してほしいなり」
「…今は嫌」
シャッフルマッチの試合を終えた彼らが沙蘭の元へと向かうと、彼女は何故かすこぶる機嫌が悪かった。
ベッドの上で体育座りをして壁の方を向き、紡がれる言葉は刺々しい。
声を掛けた赤也、ブン太、仁王がそんな彼女にガラスのハートを打ち砕かれてショックを受けているのを見た白石が苦く笑った。
「気持ちは分からんでもないんやけどなぁ…」
「沙蘭先輩、なんで機嫌悪いんすか?」
「財前、分からんと?少し考ゆれば分かるこつたい」
四天宝寺組がコソコソと喋る中、その様子を少し後ろで見ていた幸村が大きく溜め息を吐いて前に出る。
「沙蘭、いつまで拗ねてるの?」
背中に流れる彼女の髪をサラサラと弄りながら声を掛けた幸村は、何も反応を示さない沙蘭にクスリと笑った。
そう。自分のこの可愛い幼馴染みは拗ねているのだ。
長太郎のサーブを頭に受けて医務室へ運ばれ、跡部と和解した後、コートに戻ろうとした沙蘭は先生方に制されて大事をとって今日は休んでるようにと指示された。
シャッフルマッチでたくさんの選手の色々なテニスを見ることができるととても楽しみにしていた沙蘭だった故に、今の彼女は試合を見れなかったことに拗ねて怒っている。
「拗ねてないわ、っむ…!」
「やっとこっち向いた」
沙蘭が振り向いたのと同時に、幸村は彼女の両頬をむにゅっと手の平で挟んだ。
唇がタコのように突き出た沙蘭は抵抗する気力もないのか、幸村にそうされたまま眉間にシワを寄せて自分の目の前にいる彼らをキッと睨む。
かわいい、と漏れた誰かの呟きに周りは無意識に頷いていた。
「…沙蘭は何を拗ねてやがるんだ。アーン?」
「はあ、そないなことも分からへんのか跡部」
「………チッ」
「黒峰さんは、俺らの試合見れへんかってこんな可愛く拗ねとるんやわ」
「俺らの試合?…なんだそんなもの大した問題じゃねえだろう」
跡部!と咎めるような声がいくつか聞こえるが、跡部は気にした様子もなくズンズンと沙蘭の前まで足を進める。
あれほど楽しみにしていた彼らの試合を最後まで見ることが出来なかったことがどれほど悲しくて悔しかったか。
分かってほしいとは言わないが、大したことないなんてことない。
目の前まできた跡部を思い切り睨み、思わず滲み出そうになる涙を唇を噛んで必死に堪える沙蘭。
彼女の頬から手を離した幸村はその様子にやれやれと肩を竦めて少し下がる。
「…前言撤回よ、跡部くん。わたし、あなたのこと嫌…っ、」
「勘違いすんじゃねーよ。…俺はお前に言ったはずだ。この合宿所には多くのカメラが仕掛けてある、と」
「っ、それって…」
「自分のプレイを見直したい奴もいるだろうとコートには特にカメラを多くした。1・2面コートだけじゃなく全ての試合の映像がカメラには記録されている。…まあ、リアルタイムで見たかったと言われたらそれは叶わねえが」
「…っ見るわ!今すぐ!」
瞬間、目を輝かせた沙蘭が興奮したように頬を赤く染めて跡部の両腕をギュッと掴んだ。
リアルタイムで見れなかったのはとても残念だが、もう見れないものだと思っていたものが見れるのだ。これほどに嬉しいことはないだろう。
普段はクールで落ち着いたように見える沙蘭の嬉しそうに笑う無邪気な様子に、自分でも気づかぬうちに彼女の頭を撫でようと手を伸ばしていたようだったが…。
「黒峰さん、君が望むならいくらでも見せてあげるよ。僕のテニスをね」
沙蘭へ伸ばされた跡部の手をパシン!と叩き落とした不二が、ニッコリ笑顔で彼女へ近付き小さな手をキュッと握った。
その姿はお伽噺の王子様さながら。
赤也は目を擦りながら”白馬が見える…”と声を漏らしていた。
「近すぎだよ不二。沙蘭をそこら辺の女と同じように扱うのはやめてくれないかい?」
「心外だな…。僕は誰にでもこういうことはしないよ」
「ふうん。お前もなの?」
「僕はまだ興味があるだけだよ。…まあ、惹かれてるのも事実だけどね」
「…お2人さん、もうみんな行ってしもたで?」
火花を散らす幸村と不二に怯えながら声を掛けた忍足。
その言葉にハッとして医務室から出て沙蘭たちを追いかける2人を見送り、そこに残された忍足は小さく息を吐いた。
テニスが見れなくて拗ねてるのも、涙目で精一杯睨んでくるあの表情も、頬を染めて嬉しそうに笑うのも。
コロコロ変わる沙蘭の表情を見て、彼女自身に興味を持ち惹かれていってるのが自分でも分かる。
「あかんなぁ…」
とりあえずこの合宿が終わるまでに沙蘭と連絡先を交換する、という目標を掲げて忍足は医務室を後にしたのだった。
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