惹かれる [2/3]
「合宿が始まっての数日、おまえの動きをよく見ていたが特に問題はなかった。青学の1年女子たちとも良くやってるみたいだしな」
「…跡部くん、まさかとは思うけれどカメラとか仕掛けてたりしないわよね?」
「………してねえ」
「…してたのね」
「……だが、プライベートを考慮して黒峰の部屋にカメラは置いてねえぞ」
「そんなの当り前よ!」
だからか。誰もいないのに、誰かに見られているような気配を時々感じたのは。
沙蘭はボールが当たったのとは別の意味で頭が痛くなったような気がして、眉間に皺を寄せて深く溜め息を吐いた。
「…?なんだ、痛むのか?」
「ええ、ちょっと…」
「黒峰、おまえ何故俺を庇ったりした?」
「何故?」
「俺は黒峰を疑っていた。だからおまえも俺のことは嫌っていたはずだ」
もう一度、溜め息を吐きたくなった。
沙蘭は口に溜まった空気を吐き出すことなく飲み込んで、晒されている跡部の額にペシン!とデコピンをする。
「てめえ…いい度胸してんじゃねーか」
「そうね。そりゃあ理不尽に疑いをかけられてあんな態度とられたら良い気持ちにはならないし、跡部くんのことも嫌いとまではいかなくてもいけ好かない野郎くらいには思っていたわよ」
「…………」
「でも、いくら冷たくされても嫌われていても怪我してほしくないのは皆同じ。そこに私情を挟んで、好きな人は助けるけどそうじゃない人は助けないなんてマネージャー失格どころか人としてどうかと思うわ」
「……っ!」
「それに、選手が怪我するより、マネージャーのわたしがする方がよっぽどいいでしょう?」
自分で思っているより反射神経が良くて助かったわ。
そう言って微笑む沙蘭に、跡部は言いようのない感情を胸に抱いていた。
その感情がどういったものなのか分からないが、跡部はふと口角を上げて沙蘭の髪にサラリと触れる。
「―…黒峰、俺はおまえのこと嫌いじゃねえ」
「ふふ、ありがとう。わたしも跡部くんのこと、嫌いじゃないわ」
「嘘か本当か分からねえな」
「あら失礼ね。…自分が悪者になって仲間を守ろうと思える優しい跡部くんだもの、嫌いになったりしないわよ」
「な…っ、」
「立海の前のマネージャーの人の話を聞いて、氷帝の人が怪我をしたって聞いたから。わたしを過剰に警戒して疑っていたのもそれが理由なんだろうって。まあ…そう分かっていてもやっぱり、跡部くんと顔を合わせると何か言われてイラッときちゃってたからなるべく関わりたくはないと思ってしまってたけれど」
ぷくりとわずかに頬を膨らませてそう言う沙蘭。
そして、それを言ってから跡部の反応がないことを不思議に思った沙蘭が『跡部くん?』と声をかけると彼は手に触れていた彼女の髪にそっと唇を寄せたのだ。
「景吾だ。そう呼べ、沙蘭」
「え。えっと…けい、」
「―…ストーップ!ストップストップ!!なに良い雰囲気になっちゃってんスか…!?」
「あれ、赤也?」
「ふふ、俺もいるよ」
「精市。あら、なんだかいっぱいいるわね」
医務室になだれ込んできたのは立海メンバーと財前、そして白石。
声を荒げて突っ込んきた赤也は上半身をだけを起こしてベッドの上にいる沙蘭の傍に一目散に駆け寄り、彼女の髪に触れていた跡部の手をベシ!と叩きはらった。
「沙蘭さんに気安く触ってんじゃねーっすよ!」
「そうじゃそうじゃ。お前さん、あれだけ沙蘭ちゃんのこと疑っておいて手の平返しが過ぎるぜよ!」
「沙蘭、頭大丈夫か?怪我したら甘いもん食うとすぐ治るんだぜい!奢ってやるよ、後でジャッカルがな」
赤也、仁王、丸井の3人が沙蘭の周りに集う。
その様子を見て、跡部はフンと鼻を鳴らしてニヤリと不敵に笑っていた。
「こんなガキみてえな奴らに負ける気はしねえな。なあ、樺地」
「樺地はここにはいないよ、バカ跡部。それに、敵はあの3人だけだって思わない方がいいんじゃないかい?」
「…幸村。悪いが負ける気は更々ねえぞ」
「おっと、お取込み中のとこすまんけど。俺も名乗り上げてええ?」
「部長、やっぱ沙蘭先輩に惚れてたんやないすか…。まあ、しゃあないっすわ。あ、俺も沙蘭先輩のこと狙っとるんでよろしく」
バチバチと、男陣が火花を散らしている中。
「他校でもけっこうみんな仲良いのね」
沙蘭はそんな的外れなことを呟きながら、ニコニコと笑っていたのだった。
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