きっかけ [3/4]
2面でのダブルスは財前・不二ペアの勝利に終わり、次は日吉vs仁王のシングルス戦に入ろうとしていた。
一通りノートへの書き込みを終えた沙蘭は試合を終えた2面の4人にタオルとドリンクを配ると、あと1ポイントとれば鳳・柳ペアの勝利となる1面コートへと視線を向ける。
今まさに鳳がサーブを打とうとボールを弾ませているその様子に、沙蘭は無意識に拳を握っていた。
(鳳くんのサーブ…)
先程の休憩の際、柳から『鳳のサーブは見ておいて損はない』と耳打ちされたのを思い出したのだ。
どんなサーブが放たれるのか楽しみで食い入るように鳳を見つめる。
「―…一球、」
黄色く小さなボールを宙に投げ、大きく身体を逸らす。
しかしその時、サーブを打つ鳳の傍にフッと子供の霊が現れて彼の足にギュッと抱き着いた。
(なっ!あんなところにいきなり、!)
沙蘭はギョッとして咄嗟にポケットの数珠へと手を伸ばすが、子供の霊の表情と纏う気を見て害はないと判断する。
しかし、霊によって足に負荷をかけられた鳳は、ちょうどテニスボールがラケットに当たったタイミングでグラリと態勢を崩してしまったのだ。
「入こ、ん…っ!?」
そして、彼の得意技である速さ200qを超える剛速球のサーブがあらぬ方向へと飛んでいく。
目で追うことがやっとのテニスボールは沙蘭から少しだけ離れ、2面の試合を見ている跡部へと真っ直ぐに向かっていた。
「危ない…っ!」
跡部と彼に迫るボールの間に身体を滑り込ませた沙蘭。
―…ドゴッ!と鈍い音が響き、今まで体験したことのない強い衝撃が頭部を直撃した。
(う、立ってられな…っ)
沙蘭の身体はフラフラと倒れていき、そのままドサリと地面に横たわる。
「沙蘭ちゃん…!!」
自分に駆け寄ってくる仁王の姿を最後に、沙蘭は意識を沈ませた。
仁王が沙蘭の名前を叫んだことにより、今の一部始終を呆然と見ていた白石はハッと我に返りラケットをコート上に置き去りにして沙蘭の元へと駆け寄る。
2面コートの試合を見ていた財前や不二も、倒れる彼女の姿を見て足を走らせた。
「…黒峰?なんで倒れてやがる、」
「おまんを庇ったんじゃ」
「庇っただと?」
「鳳クンの打ったスカッドサーブが跡部クンの方へ飛んでってしもたんや。跡部クンに当たりそうになったんを黒峰さんが庇ってボールが頭に当たったんやけど…あ、仁王クンいきなり動かしたらアカン」
気を失った沙蘭を医務室に連れて行こうと焦って抱き上げようとする仁王にを制した白石が、彼女の呼吸や脈拍のチェックを行う。
そこまで重症ではないようだが、患部を冷やしてすぐさま安静にして休ませた方がいいだろう。
その間、柳は沙蘭が用意していたアイスノンをタオルに巻いて彼女の頭にそっと乗せていた。
そしてそのアイスノンが落ちないように抑え、白石がゆっくりと沙蘭を抱き上げようとするが彼の手を止めたのは跡部だった。
「…俺が運ぶ。お前らは試合を続けろ」
「はあ?何言うてんねんアンタ。沙蘭さんのことええように思ってへんような人に任せられるわけ、」
「財前、黙っとき。ほんなら跡部クン、お願いするわ」
「なっ…部長!」
「ええから。仁王クンも、ここは我慢してくれへん?」
「………プリッ」
正直に言えば他の誰かに任せるよりも何より自分が沙蘭に付き添いたかったが、仁王は引き下がることにした。
(白石の考えとることも分からんわけでもないからのう)
沙蘭を抱き上げて合宿所内へと入っていく跡部たちの姿を見つめて、仁王は大きく溜め息を吐いた。
「お、俺…どうしよう!いきなり足に変な衝撃があって軸がブレて…よりにもよって黒峰さんに当ててしまうなんて…っ!」
「落ち着けって!わざとじゃねーんだし大丈夫だろ」
顔を青白くさせて泣きそうな表情をしている鳳を励ます桃城だったがそれを聞いていたジャッカルがゆっくりと首を振る。
「覚悟はしておいた方がいいと思うぜ。幸村はこえーぞ」
「えっ」
「精市から何か言われる確率80%だ」
「ええっ!」
「鳳、おまえ遊ばれてないか…?」
ジャッカルと柳の言葉にズンズンと表情を暗くしていく鳳に、日吉が呟くように言う。
「そんなに幸村さんって怖いんすか?そんな風に見えないけど」
「何だろうな…笑顔が妙に怖い気がするよ。不二に似てるな」
「ふふ。何か言った?大石」
「あ、いやっ何も!」
越前の問いに答えた大石は不二に笑いかけられて冷や汗をかく。
何となくわかったかも、と越前は顔を引き攣らせていた。
「…部長、何であの人に行かしたんスか」
「あんなええ子なんに、勘違いされとるんは嫌やん?だからや」
「勘違いさせとったらええやないですか」
「そうもいかへんやろ。黒峰さんにはなるべく嫌な思いしてほしくないしな」
「……まさか部長まで惚れたとか言わんですよね?」
返事をする代わりに白石は意味ありげな微笑みを財前へ向けた。
嘘やろ?と財前が呟いたのと同時に1・2面コートへ走ってくる黄色の集団が視界に入り、面倒なことになりそうだと肩を竦めたのだった。
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