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それぞれの思い [2/3]




不思議なことに医務室までの道中では誰とも出くわすことはなく。
白石と2人きりの室内に、沙蘭は気まずさを感じながらも大人しく赤く腫れあがった額の治療を受けていた。


「たんこぶになってるやん。けっこう力あるんやな、黒峰さん」

「別に、あんなに思い切りやるつもりじゃなかったのよ…」


ヒヤリとした冷たさが額から伝わる。
沙蘭が額に手を触れれば、そこには冷えピタが貼られていた。


「うちの後輩が、ほんますまんな…」

「もう気にしてないわ。いきなり頭突きしてしまったわたしも悪いのだし」

「…言い訳になってしまうかもしれへんけど、俺らの周りにいる女の子達ってあんまり良い印象持てる子がいないんよ。応援してくれてるんはすごい有り難いし嬉しいことやねんけど、度が過ぎてうるさい時もあるし俺らのことで女の子同士で喧嘩し始めたりするしな」


テーブルの上に肘をつき、頬杖をつきながら徐に話し出す白石。

立海テニス部と同じように四天宝寺テニス部も、顔が整っている人…つまりイケメンが多い。
沙蘭自身は人の顔にあまり興味がないため気にして見たことはなかったのだが、目の前の白石よく見てみれば確かに女子達がキャアキャア騒ぐほど整った顔をしているのだろうと思う。

生霊に憑かれるくらい女子から好かれている仁王よりはマシなのかもしれないが、彼も色々と苦労しているのかもしれない。


「…モテすぎるのも苦だと、雅治も言っていたわね」

「贅沢な悩みだとは思うんやけどなあ…。だからどうしても女の子に対しては変な警戒心を抱いてしまうんやと思う。財前も相当人気あるしな。女の子嫌いらしいけど」


嫌いなら嫌いで、あんな余計なこと言ってこないで一切関わってこなくて良かったのに。

沙蘭はそう毒づきたかったが、それを言ってしまうと財前の代わりに何度も謝ってくる白石に申し訳ないためにその言葉を口に出すことはなく飲み込んだ。


「少なくとも俺は黒峰さんが、あのとき跡部クンが言ってたような子やとは思ってへんよ」

「…演技、かもしれないわよ?」

「んー?黒峰さんはそんなことせえへんやろ?」

「…………」

「幸村クンに言われたんよ。黒峰さんをどういう人かは自分で判断しろ、黒峰さんを見ていれば嫌でもそれが分かるって」

「精市が…」

「おん。 せやから午後の自由練習のとき黒峰さんのこと見るようにしてたんやけど、よう気の利くええマネージャーやなって俺は思った。黒峰さんに裏があるとは到底思えへん。それが俺の判断や」


白石がふわりと微笑んで沙蘭を見る。
沙蘭はあの日立海の彼らが自分をマネージャーに誘ってくれた時と同じ感覚になり、何と返事していいか分からなくなってしまう。

でも今の自分の気持ちは、分かる。
―…嬉しいのだ、分かってもらえたことが。


「それが分かってからうちの部員たちには黒峰さんはそんな子やないって言って聞かせたんやけど、自分で判断する言うてきかんかったんや財前は。困ったもんやな…」

「仕方ないわ。自分の目で見たものしか信じない、というのも間違いではないもの」

「財前はそういう奴なんよなあ。幽霊とかも全く信じてへんし」


実際に見たことがない人からしてみれば見たこともないものをいると判断するには些か無理があるのだから、それが当然のことだ。真田もその1人なのだし。

(見えない人に見えるようにすることもできるけれど…。そこまでしていることを信じさせることもないわね)

財前はそういう奴と言う白石だが、では彼はどちらなのだろうか。
先程から室内に集まってきている浮遊霊たちが見えてる様子もないし、千歳と違って彼は見えない人であることは分かる。


「白石くんは?」

「…ん?」

「白石くんは信じてる?―…霊の存在を」

「………ッ」


沙蘭が静かに尋ねたタイミングで、白石の背後に浮遊していた女の霊と目が合った。
ニヤリと醜く嗤った女はヌッと白石の肩に手を触れさせようとする、が。

―…バシッ。
小さな破裂音が室内に響く。

白石は自分の左肩に伸ばされた沙蘭の腕を見つめて、え?と小さく声を漏らしていた。


「わたしの目の前でそういうことするなんて、随分と度胸があるわね」

「黒峰、さん?どないしたん、」

「…虫がいたのよ。もう大丈夫」


沙蘭の力に弾かれた霊は勢いよく白石から離され、そのまま奇声を上げて消えた。
その瞬間、ゾクリと冷たいものが白石の背筋を震わせる。

(なんや…。今、黒峰さんの瞳の色が紅く…?)

しかし白石が再び沙蘭を見た時には、変わりない深海の色が自分を見つめていた。


「霊にまでモテるのね。白石くんって」

「…は、え?」

「精市と同じね。今まで無事だったのは、千歳くんが近くにいたからなのかしら…」

「え、ちょお待って…それって、!」

「ー…やあ、ここにいたんだね。沙蘭」


沙蘭が苦笑しながら言った言葉に目を見開いた白石は、それがどういう意味なのか問おうとしたが、それは医務室に入ってきた幸村によって妨害されてしまったのだった。


(ねえ、白石。なんで沙蘭、怪我してるの?)
(あー…それは、ちょっとうちの財前と色々と…)
(…ふうん)
(あ、あかん。財前、死んだかもしれへん)

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