噂の彼女 [2/3]
1日目の午後は自由練習。
昼食を終えてすぐにラケットを持って外を飛び出して行く者や、室内のトレーニングルームで筋トレをする者などそれぞれだった。
沙蘭は昼食後の食器を洗い終え、外で練習を始めている選手たちの為にタオルやドリンクを用意しておこうと洗い立てのタオルを両手に抱えて廊下を歩いていた。
「手塚、午後は俺と打ち合わんか」
「ああ。問題ない」
「僕は走り込みでもしてこようかな」
沙蘭の歩く先には立ち話をしている真田と手塚、そして不二の3人がいる。
確か彼らは…と青学の2人の名前を記憶から引き出しながら、その場を通り過ぎようとした。
しかし、あることに気付いた沙蘭はピタリと足を止めて真田に声をかけた。
「真田くん」
「ん?ああ、黒峰か」
真田が振り向くのと同じように、手塚と不二も沙蘭を見た。
彼らの視線は何かを探るようなもので、沙蘭は不快に思ったが気にしないようにとなるべく真田以外を視界に入れないようする。
「右足首、痛めてない?」
「…っいや、そのようなことは…」
「本当に?」
「…昨日の自主練で少し挫いてしまってな。情けないことに、黒峰の言うように今も痛みがある。俺はたるんどるな…」
誰にも気付かれない自信があったというのに。
真田は内心で驚きながら、幸村に対してそうであるように彼とどこか似ている沙蘭にも隠し事はできそうにないなとほんのわずかに表情を緩めた。
「ということで、真田くん。今日の午後は足を使う練習はしちゃダメね」
「どうしてもか…?」
「どうしてもよ。必要な時に必要な休みを取ることは大切だと思うわ。無理をして、それ以上悪化させて合宿中に十分な練習ができなくなってもいいのかしら?そうなったらきっと赤也に追い越されてしまうわよ。たるんどる!って後輩に言われたい?」
「う、うむ…その通りだな。手塚、すまんが打ち合うのはまた次の機会だ」
「…あ、ああ」
皇帝と呼ばれているあの真田に臆することなくズバズバと言い放っていく沙蘭に呆気に取られている手塚。
不二は、目を開眼させ口元に笑を浮かばせながら彼女を凝視していた。
「そんな真田くんにいい物があるわ。じゃーん」
「ん?それはなんだ」
「立海レギュラー達の練習風景を撮ったDVDよ。柳くんに言われてメンバーそれぞれに1枚分ずつ撮っていたの。これで客観的視点から自分の動きを見ることが出来るわ。見て学ぶというのも強くなるために必要なことだと思わない?」
「っ黒峰!お前という奴はなんと部員思いなのだ…っ!俺は感動したぞ!」
「ちょっ、危ないでしょう…っわ!」
タオルを抱えている沙蘭に構わず、目に涙を滲ませた真田が彼女の両肩をグッと抑えて揺さぶったため、フラリと態勢を崩してしまう。
そんな彼女の身体をそっと支えたのは不二だった。
「ふふ。危ないよ真田。君の馬鹿力でそんな乱暴にしたら」
「なっ、痛…っ!」
不二は、沙蘭の両肩に置かれた真田の手の甲をギュッと思い切り抓ったようだ。
反射的にバッと沙蘭の肩から手を離した真田は自分の手を撫でながら”すまん”と一言謝っていた。
真田とは別の手が後ろから自分の肩に触れていることに気付いた沙蘭は素早く身体を離して、後ろの不二を見る。
「…ありがとう。支えてくれて」
「ねえ、黒峰さん」
「ん?何かしら」
「僕、君のことがもっとよく知りたいな」
「…不二、おまえ…」
ニコリと笑って沙蘭を見つめる不二の様子に、手塚が声を漏らす。
いきなり何を言ってるんだこの男は、と沙蘭はグッと眉間に皺を寄せて不二を睨んだ。
「不二くん、あなたこの合宿に何をしにきたのかしら?」
「どういう意味だい?」
「こうやって女の子ナンパするため?」
―…違うわよね。
続けた沙蘭の言葉に再び目を見開いた不二。
彼女が言いたいことは分かるが、何もそういう意味で言ったわけでないのだ。
それを伝えようにも、沙蘭の目が既に自分から外れていることに気付き、不二には珍しく拗ねたような表情を見せていた。
「視聴覚室を借りたいって先生方にはわたしから言っておくわね。このタオル持っていったら一緒に見ましょう?」
「ああ。…俺も手伝おう」
沙蘭からタオルを半分と、彼女が肩から下げていた大き目のバッグ(湿布や絆創膏などの治療道具が入っている)をヒョイッと取り上げた真田は何か言いたげな沙蘭を置いて歩いていってしまう。
沙蘭は手塚と不二を振り返ってペコッと浅く頭を下げて、駆け足で真田を追いかけていった。
「…手塚、」
「………」
「黒峰さん、何も心配いらなそうだね」
「ああ。そうだな」
立海の新しいマネージャーという彼女。
前回の合宿に参加していたマネージャーのこともあり、跡部と同じようにとても警戒していたのだが…その懸念は今すべて跡形もなく吹き飛んだ。
(面白そうな子だな…。立海の彼らがあんなに黒峰さんを好きな理由が少しわかった気がするよ)
不二はクスクスと不気味に笑っているのを、手塚は顔を引き攣らせて見ていたという。
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