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白か黒か [2/3]




あの場所で出会った高身長の男は千歳千里と名乗った。
彼が着るジャージの背中に刺繍された"四天宝寺"という文字を見つけ、到着が遅れていると跡部が言っていた学校の1人だろう。


「あぎゃんものが見ゆる人と出会うんな初めてばい」


ニコニコ笑顔で嬉しそうにそう言う千歳に沙蘭は適当に相槌を打ちながら宿舎までの道を歩いていた。

(四天宝寺中は大阪の学校だと聞いていたけれど、千歳くんのこの訛りは関西弁とは違うわよね。それにしても、)

あぎゃんもの、と彼が言うのはきっと霊たちのこと。
ということはつまり、千歳にも自分と同じように霊の類が見えているということだ。


「千歳くんも霊感、強いのね」

「いんや、俺はただ見ゆるだけばい。君んごつ成仏させたり祓うたりはでけん」


そう言った千歳がゆらりと揺れる浮遊霊を見つけると『うおっ』と声を上げてたりしている。

どうやら彼が見えるようになったのはつい最近のことらしい。
千歳が望むのであれば見えないようにすることも沙蘭には可能なのだが、そこまで怯えている様子を見せていない彼には必要のかもしれない考えてそれができるということを今伝えるのはやめた。

これがブン太だったのであればすぐにでも泣きついてくるのだろうと想像した沙蘭は小さく笑う。


「そういえば君ん名前は?」

「わたしは黒峰沙蘭。立海のマネージャーよ」

「そうやったんか。それじゃあ黒峰さん、合宿中よろしゅう」

「ええ、こちらこそ」


身長の高い千歳を見上げて話をしていてそろそろ首が痛くなってきたところで、宿舎に着き、その入り口の前には彼と同じジャージを着た人達が集まっているのが目に入った。


「あー!千歳ぇ!探してたんやでー!!」


そう叫んだのはツンツンの赤い髪を揺らした少年で、自分とだいぶ身長差のある千歳にガバッと飛びつく。驚くべき跳躍力だ。


「すまばいね、金ちゃん。ちょっと散歩しとった」

「散歩っておまえ…バス降りてからここに来るまでそんな道長いわけちゃうんやからちゃんとついてきーや。心配するやろ」


ミルクティー色の髪に腕に包帯を巻いた男が、千歳を叱る。
千歳はバツの悪そうな顔をして頬をかくと、もう一度素直に謝罪の言葉を口にしていた。

その様子を黙って見ていた沙蘭だったが、四天宝寺中メンバーの中に1人、厄介な人物を発見して彼女は舌打ちをしたくなる。


「すまんなあ、跡部クン。遅れてしもて」

「渋滞だったんなら仕方ねえ。…おい、黒峰。てめーここで何してやがる」


ほらやっぱりこの男、めんどくさい。
沙蘭が隠すこともせずに顔を顰めると、同じような顔をしている跡部と睨み合った。

跡部が話しかけたことにより、今まで千歳の後ろにいて沙蘭の存在に気付かなかった彼らも彼女へと目を向ける。


「青学の1年2人がドリンクを配りに来たが、てめーの姿は見当たらなかった。仕事をする気のないマネージャーなんざいらねえと言ったはずだ。アーン?」


跡部は沙蘭が桜乃と朋香に仕事を押し付けて今までサボっていた、と確実に思っている。

そう勘違いされているのは癪ではあったが、決めつけるような言い方を彼がしてきている以上は本当のことを言っても聞く耳を持たないだろうと沙蘭は諦めた。

(わたしと跡部くんだけだったらまだよかったのに…最悪ね)

実際、跡部の言葉を聞いてからというもの四天宝寺の彼らが自分を見る目が変わったのだ。
面倒くさすぎて逆に今すぐにでも追い出してほしいと思う反面、立海の彼らの存在が引き留めてくる。

どう言葉を返そうかと沙蘭が悩んでいると、跡部は何も返事をしてこないことをサボっていたことを認めたのだと思いこんだ。


「今すぐ荷物をまとめて帰れ。タクシー代くらいは出してやる」

「―…なあ、跡部。お前さん勘違いしとる」

「あ?どういうことだ」


口を挟んだのは千歳で、先程までのおっとりとした雰囲気を一変させて鋭い眼光で跡部を見据えていた。


「黒峰さんなちゃんと仕事しとったばい。そけ偶然俺が鉢合わせて、ここまで案内してくれたんばい」


―…何も証拠もなしにそぎゃんこと言うんなやめろ。

千歳の声は低く、同じ学校の仲間である彼らでさえそんな彼を初めて見るような驚いた表情で見つめている。

沙蘭が一番避けたかったことが今目の前で起こっている。その状況に、沙蘭は思い切り頭を抱えたくなった。


「…ハッ。それが本当なら俺はもう何も言わねえ。余計な時間をくったな…案内するからついてこい」

「待ちなっせ、」

「千歳くん。もうそれ以上は、いいから」


千歳は、自分の勝手な勘違いで沙蘭を罵った跡部に謝罪を求めようとしたがそれは沙蘭に止められた。

いいから、と繰り返す沙蘭の表情は辛そうでも悲しそうでもなく…ただただ面倒くさそうな表情で頬を膨らまし、跡部の後ろ姿を睨んでいる。

(…大人っぽかとか子供っぽかとかよう分からん子ばい)

兎にも角にも、自分が思っているよりも彼女はそこまで傷付いていないみたいだと千歳は安心したように頬を緩ませた。


「ありがとう、千歳くん」


千歳に小さくお礼を言った沙蘭は、大きくて深い溜め息を吐いてから合宿所内に入っていく。

今はとりあえず、無償に立海のみんなに会いたかった。

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