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腐れキング [3/3]




「適当に座れ」


視聴覚室に着いて跡部がそう言うと、少しムッと表情を崩した沙蘭が静かに椅子に腰かけた。
跡部は目の前の沙蘭を値踏みするようにくまなく観察する。

(ほう。前に連れてきた奴とまた随分と毛色が違うじゃねーか)

染めたことなどないのであろう艶のある黒髪に、白い肌。
今時にしては珍しく化粧っけはないようだが、元の顔立ちが良いからか化粧など必要はないと思うほど。
香水もつけていないようで鼻にツンとくる甘い匂いなどは一切なく、ふわりと微妙に香るのは柔軟剤のような石鹸の匂いだ。

何もかもが前回のお粗末なマネージャーとは正反対の彼女に、跡部は釘付けになっていた。


「―…あなたは、そうやって人を品定めするためにわざわざマネージャーを呼びつけたのかしら?」


至極不愉快そうに眉間に皺を寄せて睨んでくる目の前の女の様子に、跡部はクツリと喉を鳴らして笑いを零す。

今まで出逢ってきた女の中で、この自分を目の前にしてこれほどまで嫌な顔をされたことがあっただろうか。いや、ない。
しかしそれだけを判断材料にして警戒を解く、というには些か軽率過ぎると跡部は髪をかき上げた。

(前の奴は興味ないフリして実際は他の雌猫共と何も変わらねー奴だったからなァ)

目の前のコレが演技の可能性だって十分にあるのだ。
だがとりあえず第一印象の時点で考えるならば合格だと跡部は満足そうに口角を上げる。


「すまなかったな」

「謝罪より理由を聞きたいのだけれど」

「…前に連れてきた立海のマネージャーがとんでもなく使えねえ奴だったんだよ。今回も同じような奴を連れてこられたらたまったもんじゃねえ。だから、手遅れになる前に俺様の目で見ておきたくてな。新しいマネージャーとやらを」

「…そう。それで、わたしはあなたの御眼鏡にかなったのかしら」

「フン。とりあえずは、だがな」

「偉そうな人。精市から聞いていた通りだわ」


呆れたように大きな溜め息を吐く沙蘭にますます跡部の興味はそそられていくがそろそろ部活に戻らなければとふと目に入った時計に気付かされる。

立海にはいないタイプだわ…苦手、などとボソボソぼやいている沙蘭をチラリと見やって跡部は椅子から立ち上がった。


「おまえのソレが演技なら演技で今は別に構わねーが、合宿が始まって何か問題を起こしてみろ。すぐに家に帰らせるからな。アーン?」

「………跡部くん。わたし、こんなに誰かに腹が立ったのは初めてよ」

「フン、そうかよ。ほら、もう帰っていい。用は済んだ」


ガラッと教室の扉を開けて出ていくように促されると、沙蘭は無表情のまま腰を上げて早足で入口に向かう。

そして、跡部の横を通り過ぎる途中でキッと鋭い視線が彼を射抜いた。


「跡部くん、」

「―…っ」

「そうやって人をバカにしていると今に痛い目みるわよ」

「…ほう。この俺様に何しでかすつもりだ?」

「何かするにしても、それはわたしじゃないけれどね」

「アーン?何訳の分からないことを、」

「じゃあ。また合宿で」


サラリと黒髪を靡かせて教室から出て行った沙蘭の後ろ姿をしばらく見つめていた跡部だったが、ハッと我に返り、それからチッと舌打ちをひとつ。

(俺が、たかだか女に睨まれて臆するだと…)

思い出すのは鋭利なナイフを突きつけられたような錯覚に陥るほどの、深紺の双眸だった。


「クッ…ハハハ!面白いじゃねーの、黒峰沙蘭。てめーの本性、この俺様が見極めてやる」


跡部の高笑いは廊下全体に響き、文化部の生徒達は何事かと顔を見合わせていたのだった。




□□□



「ああもう腹立つ何なのよあいつ。本当に腐れキングじゃない!どれだけ自分が偉いと思ってるのかしら?わたしが嫌な顔してるのを演技だとか訳の分からないこと言ってきたのよ!?何をどう見たら演技なのよ。そもそもどれだけ自分に自信があるわけよ!…って、ねえ精市聞いてる!?」

「…ああ、聞いてるよ。聞いてるから少し落ち着いたらどうだい?」

「落ち着きたいけど落ち着けないのよ!わたしこんなに腹が立ったのは生まれて初めてよ」

「ふうん。沙蘭の初めては俺が全部もらうつもりだったんだけど」

「ちょっと精市まで意味分からないこと言わないで」


東京から戻ってきた沙蘭はそれはもう憤怒していて、その愚痴をすべて幸村にぶつけていた。

ここまで感情を露わにしている沙蘭を見るのは幸村でさえ初めてで戸惑ったが、最初に彼女が感情をぶつけてくる相手が自分であったことが何より嬉しい。

それもあってか、怒る沙蘭に対して幸村は柔らかく微笑みながら機嫌よさそうにしている。


「跡部の奴、あそこまで沙蘭怒らすとか何やらかしたんだよ」

「おいブタちゃん、馴れ馴れしく名前で呼ぶんじゃなか」

「てめ、仁王!それ根に持ち過ぎだろい!お前も呼んだらいいじゃねーか」

「いきなりは恥ずかしいじゃろ!」

「仁王…意外と女々しいんだな」

「沙蘭せんぱーい!おかえりなさいっスー!」

「あ、赤也お前さんまで名前で…っ」

「へへっ。幸村部長と丸井先輩だけなんてズルいじゃないっすか!って、痛いっす仁王先輩!髪ひっぱらないでくださいよ!」


騒がしい3人に真田の雷が落ちるまで、そうかからなかった。

愚痴りまくる沙蘭とそれをウンウンと聞いている幸村の2人。
地面に正座させられて反省させられているブン太と仁王と赤也の3人と怒る真田。

新しいデータだ、と柳。
あいつら相変わらずだな、とジャッカル。
賑やかでいいじゃないですか、と柳生。

合同合宿まであと1週間をきった日ことだった。

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