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幸か不幸か [3/3]




「―…真田くん!」


コート際のベンチに座り、汗を拭いていた真田は振り返る。
ドリンクのボトルが大量に詰まったカゴをフラフラと危ない足取りで運んでこちらへやってくる沙蘭が目に入り、真田はギョッとしてすぐに彼女の傍へと駆け寄った。


「大丈夫か?何故黒峰がドリンクを…」

「何故って、わたしマネージャーよ?」

「しかし今日は平部員の1年が当番になっていたはずだ」

「ああ。あの2人は練習に戻ったわ」

「なに!?」


ここに置いておくわね、とレギュラー分のボトルをベンチの上に並べて一息つく沙蘭は声を荒げる真田を見て疑問符を飛ばしている。


「任された仕事を放り出して誰かに押し付けるなど、たるんどる!!」

「押し付けられてないわ。わたしがやるって言ったのよ」

「しかし、!」

「平部員だろうが1年生だろうが、みんなあなたと同じテニス部の1人よ。ラケットを握ってボールを追いかける時間より大切な時間はないはず」

「む……」

「わたしは、レギュラーだけではなくてテニス部のみんながテニスに専念できるように手助けしていきたいの。マネージャーになったからにはそれが当たり前と思っていたのだけれど…わたし、間違ってるかしら?」


沙蘭の眼差しは力強い。
テニス部全員がテニスに専念できるように、とそのような思いでマネージャーをしてくれていた者など今までにいただろうか。

(…いや、考えるまでもない。俺の見当違いではなかったようだな)

黒峰沙蘭という人間は、やはり真っ直ぐで芯があり、そして強かな女だと。


「間違っていたのは俺のようだ…黒峰、礼を言う」

「あら、お礼を言われるようなことは何もしていないわ」


そう言ってふわりと沙蘭が微笑むのと同時に、彼女の背後からゆらりと銀髪が揺れた。


「黒峰さんじゃ」

「仁王くん、こんにちは。今日からよろしくね」

「こちらこそ、ぜよ。ドリンクもらってもええかのう?」

「ええ。初めて作ったから美味しくないかもしれないけれど…」


自分の名前のラベルが貼ってあるボトルを手に取ってゴクリと喉を鳴らした仁王は、濡れた口元を手の甲で拭ってニッと笑う。


「―…ん、うまい。じゃが俺はもう少し甘くないほうがええ」

「そうなのね、分かったわ。次から調節してみる」


ジャージのポケットから小さ目のメモ帳を取り出して『仁王くん⇒甘さ控えめ』と書き込む沙蘭の姿を見て、仁王は顔をにやけさせていた。

(そうそう、マネージャーってこういうもんぜよ。今までのとは比べもんにならん)

しかもそのマネージャーが彼女であるのだから尚更だ、と仁王は改めて沙蘭への気持ちを認識して再びドリンクに口をつける。


「あ。沙蘭じゃん!」

「ブン太。ドリンク、ここにあるから」

「―…ぶっ!?」

「うわっ、何すんだ仁王!きたねーだろい…!」

「おい丸井!何でお前さん黒峰から名前で呼ばれてるんじゃ!?しかも名前で呼んどるし…!」

「へっ、いいだろー?まあ、俺と沙蘭の仲だしな!」

「ブタちゃんが生意気に抜け駆けしよってからに…」

「おいコラ誰がブタだよ」

「やめんか貴様ら!」


仁王とブン太の口論に叱咤する真田の声に気付いた柳は、ラケットを振る手を止める。

彼と打ち合っていた赤也は急に打ち返されなくなったボールに首を傾げるが、”休憩だ”という柳の言葉にコクリと頷いてコートから出た。

ちなみに沙蘭は、仁王とブン太の口論が始まった時点で平部員たちへとドリンクを配りに行ったためこの場に彼女の姿はすでにない。


「丸井先輩と仁王先輩が喧嘩って珍しいっすね。どうしたんですか?」

「黒峰絡みの確率93%。まあ、本気の喧嘩ではないようだから心配は要らないだろう」

「あ!そういや黒峰先輩って今日からマネージャーなんすよね?先輩のジャージ姿すげー見たいんすけど、どこに…」

「やめておけ。精市の顔を見てみろ」

「え…ヒィ!」


赤也の目に映った幸村は、それはそれは恐ろしい笑みを携えていた。
その背後には死神でも悪魔でもいるのではないかと錯覚するほどの。


「―…仁王に丸井」

「「……げ」」

「そんなくだらないことで言い争えるなんて相当やる気が有り余ってるんだね。そんなお前たちには特別メニューで練習組んであげるよ」

「「ごめんなさい」」

「バカなの?今さら謝って許すはずないだろ。…まずは、グランド100周からね。今日中に走り切らなければ明日は倍にするから」


幸村の言葉にサーッと顔を青くさせた2人は、ラケットをカランと地面に落として超特急でグランドを走りに向かった。

その姿を睨みつけるように見送った幸村は、沙蘭によって用意されたドリンクの入ったボトルをチラリと一瞥してから大きな溜め息を吐く。

柳と赤也と同様に休憩に来た柳生とジャッカルは、ベンチに座って溜め息を吐いている幸村を疑問に思いながら近くにいた柳に声を掛けた。


「幸村くん、具合でも悪いのですか?」

「いや、黒峰のことで少しな」

「どうせブン太と仁王だろ?あいつら何かと黒峰にちょっかいかけるからな」

「真田とジャッカルのばーか」

「む……」

「なっ…俺かよ!」


こうなった幸村の八つ当たりの相手は、真田もしくはジャッカルだ。
データ通りだな、と柳はほくそ笑んで幸村の様子に怯えている赤也の頭を軽く叩いて練習を再開させた。

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