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幸か不幸か [2/3]




「ちょっとこれは…」


幸村のおさがりであるテニス部のジャージに着替えて部室に案内され、部屋に入って早々に沙蘭は口と鼻を手で覆った。
悪い気が溜まりすぎている。それに霊もちらほらと。

(どこからこんなに呼び寄せているのよ…!)

入口で固まっている沙蘭を見て、幸村は部室の中をくるりと一瞥してみたが特に汚れている様子もないし匂いも臭くない。
そもそも真田が口うるさいおかげで部室が汚くなったことは今までに一度もないのだ。


「何か問題あった?」

「問題大ありよ!よくこんな部室使っていられたわね…」

「別に汚くも臭くもないけど」

「わたしには別のものが見えてるのよ。これは清めなきゃだめね。最悪、今後の部活動に支障が出てくるかもしれないわ」


グイッとジャージの袖を肘まで捲った沙蘭は幸村に振り返ると、ヘアゴムを取り出して彼の手に持たせた。


「まだ自分で結べないんだ、沙蘭」

「だって後ろは見えないもの」

「はいはい。やってあげるから後ろ向いて」


見かけによらず不器用な沙蘭。
家事は一通りこなせる彼女だが、唯一苦手なのが裁縫やこういった手先の器用さが求められるようなこと。

髪を弄るのが苦手なら髪を短くしようとは思わないのかと幸村は思うが、そうしろとは言わないし沙蘭が髪を切ると言ってきてもそれを止めるだろう。
それは何故か。髪が長ければ、それを口実にこうして沙蘭に触れることができるからだ。

(…仁王や丸井になんて絶対に渡さない)

沙蘭の髪を高い位置で結い、揺れる漆黒の髪を一束掬ってそこに唇を寄せた。


「できた?」

「ああ、できたよ」

「ありがとう、精市。相変わらず器用ね」

「おまえが不器用なだけ。さて、とりあえず…部室清めるんだっけ?」

「ええ。もう清めに清めてピッカピカにしてやるわよ」

「じゃあドリンクとかそこら辺のことは明日から本格的にやってもらうから、今日はソレよろしく頼むよ」


部室に置いてあるテニスバッグからラケットを取り出して部室から出ていく幸村を見送り、1人残った沙蘭はさらりと自分の背中で揺れる髪をひと撫でする。


「さて、と」


取り出したのは、紫に輝く大きな勾玉がついた数珠。
部室の中、そして周りに浮遊している霊は量は多くはないが質がかなり悪いものだ。

部員たちにそこまでの被害が及んでいないのは多分、前に沙蘭が幸村のために作ったお守りと仁王に渡ったままの鈴が効力を発揮しているからだろう。

浮遊する霊たちは沙蘭の姿に気が付くと、その力に恐れをなして逃げ出そうとするがピンと勾玉を弾いて霊が出て行かないように結界を張る。


「逃がさない。ここから逃げてもどこか他で悪さするでしょう?―…"悪霊退散"」




□ □ □



これでよし、と沙蘭はコトリと窓際に小さなサボテンの鉢を置いた。

部室でのあれこれが粗方片付いて時計に目を向けると、部活が終わるまであと2時間もある。
幸村にはドリンクなどはやらなくていいようなことを言われたような気もするが、予想していたよりコチラが早く終わったことだし準備しようと沙蘭は部室を後にした。


「どこで用意すればいいのかしら…あ、」


部室を離れてうろちょろしていると、彼女の目に映ったのは水道でボトルを洗いながらドリンクの準備をしているテニス部員2人だ。

沙蘭はその2人に近付いて声をかけることにした。


「お疲れ様」

「え、あ…黒峰先輩っすか!?」

「ええ!?まじで…本物!?」

「偽物がいるのなら見てみたいけれど、本物よ」


先輩、と呼ばれたということは後輩にあたるのだろう。
何故本物かなんて問われたかは謎だが、沙蘭は首を傾げながらも2人の手からヒョイッとボトルを取り上げた。


「え、黒峰先輩?あれ…というかなんでテニス部のジャージ着てるんですか?」

「あら、まだ伝わってなかったのね。わたし、今日から男子テニス部のマネージャーになったのよ。よろしくね」

「えええ!?まじっすか…!!」


あの黒峰沙蘭が自分たちの部活のマネージャーになる。
こんな喜ばしくてやる気の出ることは他にない!と部員2人はお互いにハイタッチしながら舞い上がっていた。

沙蘭はその様子に苦笑しながらもボトルを洗う手を休ませない。


「大変申し訳ないのだけれど、ドリンクの作り方をざっとでいいから教えてもらえないかしら?」

「あ!いや、大丈夫ですよ!今日は俺らの当番なんで自分たちが、」

「でもあなた達もテニスの練習があるでしょう?」

「ま、まあ…。でもレギュラーの人達に比べたら全然弱いですし雑用くらい別に…」

「あら。あなた達、ずっと弱いままでいるつもりなの?」

「…え、」


キュッと蛇口を捻って流れる水を止めた沙蘭が顔を上げて2人を見つめる。
2人の拳がぎゅうっと力強く握られているのが目に入った沙蘭はふっと微笑みかけた。


「今のレギュラーは切原くん以外3年生よ?彼らが卒業したら、その後のテニス部はあなた達が引っ張っていくの。今はまだ弱くても、努力したらしただけ絶対に強くなれるわ。何もしないで強くなれる人なんていないもの」

「黒峰先輩…」

「それに、わたしはレギュラーだけのマネージャーじゃなくて男子テニス部のマネージャー。あなた達のサポートもわたしの役目よ」


だからドリンクもわたしに任せて練習に戻りなさい?
そう言って沙蘭が2人の頭にポンと手を乗せると、彼らは両目からダバーッと涙の大洪水を作っていた。

ドリンクの作り方を教えてもらった後、部員2人をテニスコートへと戻らせた沙蘭はテキパキとドリンクの準備を進めたのだった。

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