深まる縁 [2/3]
「それで、これは何がどうなってそうなったんだい?」
「あらやだ怖い。せっかく顔は良いのだからそんなしかめっ面していたら勿体ないわよ?」
「…俺は真面目に聞いてる」
「とりあえず、お弁当食べていいかしら?お腹減ってるの」
「…………」
ゴゴゴ、という音が聴こえてきそうなほど不機嫌になっていく幸村に対しそんなもの気にした様子もないニコニコの沙蘭。
幸村がいつ爆発するかとその様子をハラハラしながら見ているのはテニス部のレギュラー達だ。
「黒峰先輩すっげー…。あの状態の幸村部長をもろともしてないっすよ」
「幼馴染みだから慣れてんだろうが、確かにすげーな。これもらい」
「あ、ちょ…俺の唐揚げとらないでくださいよ!」
赤也とブン太がじゃれつくのを真田が『食事の時くらい静かにせんか!』と叱る。
いつもの光景であるはずなのにどこか違和感があるのは、言わずもがな此処にいる沙蘭の存在があるからだろう。
そもそも彼女は学校内では関わってくるなと念を押してきていたというのに、幸村がこの屋上へと強引に連れてきたとはいえ大丈夫なのだろうか。
柳はそこまで考えて、幸村と沙蘭の話に耳を傾けながら箸を動かしていた。
「だから、あなたに送ったメッセージのままよ」
「”他人のフリしてもらう必要なくなったから”だけじゃ意味分からないだろ」
「分かるじゃない。そもそも他人のフリをしていたのは、あなたが女の子たちに異常なほど人気でそんなあなたと親しく接してなんていたらその女の子たちの恨みを買うのが目に見えて分かっていたからよ?」
「そんなこと知ってるよ。俺が聞いてるのは、なんで今までそうしていたものをいきなりしなくていいってなったのかってこと」
「わたしを守ってくれる人ができたからよ」
「……は、」
トントン拍子で進んでいた会話は、沙蘭の言い放った一言により途絶えた。
幸村は目を見開いて固まり、今まで黙って聞いていた柳、そして寝転がっていた仁王までもが身体を起こしてその言葉に反応を示している。
(守ってくれる人ができたって…)
幸村はグッと思い切り拳を握った。
要するに、だ。沙蘭に恋人ができた。そして、その相手が沙蘭を守るとでも言ったのだろう。
だから自分と今後他人のフリなどしなくても、何か問題が起こったとしたらそいつに守ってもらえる。そういう、こと。
「−…ふざけるなよ」
「……精市?今なんて、」
「俺が、っ…!」
俺が、沙蘭のことどれだけの間想ってきたと思ってる。
思わず口から出そうになった言葉を寸でのところで飲み込んで、幸村は唇を噛んだ。
今それを彼女に言ったところで、現状は変わらない。
自分は沙蘭の特別だ、なんて。勘違いも甚だしかったということか。
(…所詮、沙蘭にとっての俺はただの幼馴染み)
無性に1人になりたくなった幸村はすくりと立ち上がる。
「のう、黒峰さん」
「何かしら?」
「よければ教えてくれんかのう?誰が彼氏なんか」
「……彼氏?」
「彼氏」
「誰の?」
「誰のって…黒峰さんの、」
「え?わたし、彼氏なんていないわよ」
仁王の問いに、沙蘭は箸先を唇につけながらコテンと首を傾げて答えた。
「じゃあ守ってくれる人って誰なんだよぃ?」
「ファンクラブの会長さんよ。あなた達、男子テニス部の」
「えええ!?」
ブン太と赤也の叫びが重なってその場に響き渡ったが、さすがにその答えには心底驚いているのか真田がそれを叱ることはない。
幸村は立ち上がったまま、訳が分からないと言うように弁当を食べ進める沙蘭を見下ろしていた。
「男子テニス部ファンクラブ会長は確か、3年A組の石野友香。1年からの熱血的ファンである彼女が何故…」
「わたしにも分からないけれど、今朝呼び出されたの。てっきり何かされるのかと思ったのだけれど、どうやら違ったみたいでね。精市とわたしが一緒にいると目の保養とか男子テニス部ともっと絡んでくれだとか…その理由は分からないけれどまあ色々言ってたわね」
なるほど、と柳は自分のノートへとササッとペンを走らせた。
「それで最近は写真部の活動が活発だったのですね」
「ああ。幸村と黒峰が目の保養ってのも分かる気がするしな」
柳生とジャッカルは互いに頷き合いながら会話をしている。
幸村はゆっくりと沙蘭の隣に腰を下ろすと、おにぎりを食べようと口を開けている彼女の頬をギュッと抓った。それもそれなりに強い力で。
「…っ痛いじゃない、精市!」
「紛らわしいこと言うおまえが悪いよ。ばーか」
「紛らわしいって何が、いたたた…っ」
「ムカつくから卵焼き寄越せ」
「ああ…!楽しみに取っておいたのよそれ!」
沙蘭の箸を使って彼女の卵焼きを口に放り込む幸村に、嘆く沙蘭。
(彼氏ができたわけじゃないと知って安心したのは分かるが、目の前でイチャつかれるのは腹立つのう)
少なからず自分も、沙蘭に恋心を抱いている1人だ。
彼女に恋人ができたかもしれないと聞いてショックを受けたのも事実。
幸村だけずるい、と仁王はススッと沙蘭の傍に寄って彼女の肩に頭を乗せた。
「俺にもなんかちょうだい」
「仁王くん。なんかって言われても…煮物くらいしかないわよ?」
「それでいいなり」
「じゃあ、はい。どうぞ食べて」
「食べさせてくれないんか?」
「箸の使えない子供じゃないんだからわがまま言わないでほしいわね。箸は貸してあげるから」
「プリッ」
後に取っておいた卵焼きを幸村に取られたことを引き摺っているのか、唇を尖らせながらもおにぎりを頬張る沙蘭。
(美人でクールで一見キツそうに見えるが、可愛いところもあるもんじゃのう。これがギャップ萌えっちゅうやつか)
表情を柔らかくさせて沙蘭を見つめる仁王だが、先程からチクチクと刺さってくる幸村からの視線には溜め息を吐いた。
「俺は負けないぜよ、幸村」
「それは俺の台詞だよ」
2人がバチバチと火花を散らす様子を、柳は『興味深い』と呟いて面白そうに眺めていた。
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