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憑いた生霊 [2/3]



俺が女嫌いになったんは、母親と姉貴が原因だ。

母親は夜な夜なホストクラブに通い、挙句の果てには勝手に借金作って見かねた親父が別れを切り出して離婚済み。
姉貴は姉貴でモテるのをいいことに2、3股は当たり前で男をとっかえひっかえ。

そんな女をこんな近くで見てきたとなれば、女なんて嫌んなる。


『こんなに好きなのに』
『ひどい』
『嫌いって言われた』
『憎い』
『最低』


真っ暗な闇の中で禍々しい声が何度もそう繰り返してくる。

嫌いなもんは嫌いなんじゃ。
甲高い笑い声も、甘ったるい香水の匂いも、化粧まみれの顔も。


「ぐっ、がは…!」


心の中で毒づけば、グッと強い力が首を絞めた。

今まで何回かあったそれの何倍も強い力で、食い止めようにも自分の首に伸びている手に触れられない。
目の前がチカチカと点滅して、ヒュッと喉が鳴る。

―…俺はこのままここで殺されるんか。
そろそろ意識が保てなくなってきて、瞼が下りてくる…その時だった。


『”悪霊退散”。主のところへとお還り』


高くも低くもない、穏やかで優しい声が響く。
首への圧迫がスッとなくなり、一気に空気が身体へと流れ込んできて思わず咳き込んだ。


『仁王くんのおばかさん』


呆れたようなそんな声音が耳に聴こえてきたのと同時に、俺は目を覚ました。




□ □ □




仁王の瞼がゆっくり開いていくのを目視して、沙蘭は息を吐く。

仁王に憑いたモノを祓うために力を集中させてみれば、この男は危うく本当に今日死ぬところだったのだ。
彼に憑いていた生霊の中には”殺したいほど好き”だなんて狂気的な強い想いもあって、相当なモテ男である仁王を気の毒に思ってしまうほどだった。


「やっとお目覚めね。―…仁王くん?」

「………黒峰、さん?」

「ええ。とりあえず首を温めておきましょうか」


生霊たちにどれだけの力で絞められたのか、仁王の首には赤紫色の痣が痛々しく浮かび上がっている。

予め用意しておいた蒸しタオルを横になったままの仁王の首に乗せた。


「…ここは?」

「わたしの家よ」

「…は、黒峰さんの家!?」

「ええ。わたし、小さい頃から霊感みたいなものが人一倍強くてそういうのが見えたり祓ったりできるの。精市はわたしの幼馴染みでそれを知っていたから、仁王くんを助けてほしいって此処へ連れてきたのよ」


そう言って見下ろしてくる沙蘭からふわりと香ったのは甘ったるい香水の匂いでもなんでもない。
どんな匂いかと聞かれたら答えるのは難しいが、とりあえず良い匂いだと仁王はスンと鼻で息を吸った。

自分が恋してるかもしれない相手の家にいて、しかも幽霊のせいで気を失うという情けない姿を見られているという羞恥から仁王はバッと布団を顔までかぶる。


「俺、幽霊に殺されそうになったぜよ…」

「そうね。幽霊ではなくて生霊だけれど」

「…生霊?」


生霊というのは、生きている人が特定の人に執着をもつがあまり、魂の一部を切り取って、それを執着する人に対して飛ばすこと。

沙蘭からその説明を聞いて、仁王はハッと何かに気付いたように目を見開く。

(まさかアレは俺に告白してきた奴らの…?)

急に暗闇の中にいるのが怖くなって被っていた布団をバサリと外し、上半身を起こした仁王の額へと沙蘭はデコピンをかました。


「仁王くん、水道でわたしと会った時のこと覚えてる?」

「…覚えとる」

「その時にわたし言ったわ。女の子関係に気を付けて、人の恨みを買わないようにって」

「俺はただ、好きでもない女に告白されてそれを断ってただけぜよ?」

「その断り方に問題があるって言ってるのよ。仁王くんが告白されいるところを見たことがあるけれど、自分に好意を持ってくれている人にあんな言い方はないわ」

「…優しく言ってもあいつら調子にのるだけじゃろ」


拗ねたように言う仁王に、小さく息を吐いた沙蘭はスッと瞳を鋭くして彼を睨み付けた。

深い深い海を連想させる彼女の蒼い瞳から仁王は目を逸らせない。


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