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蝕むモノ [2/2]



他のクラスの教室へと運ぶのは初めてだ、と沙蘭は少し緊張したような面持ちで廊下を歩いていた。

(確か彼はC組…だったはずね)

体育の合同授業の時に、よく叫んでいるのを目にしたことがあるので多分合っているだろう。
沙蘭はC組の教室の前までくると、開きっぱなしになっていた教室の入り口からチラリと中を見回した。


「あ、いた」


紫色の髪に眼鏡をかけた男子生徒と昼食をとるお目当ての彼、真田弦一郎の姿を見つけた沙蘭。

(極力目立ちたくはないのだけれど、仕方ないわね…)

するりと教室内に足を踏み入れると、彼女の姿に気付いたC組の生徒たちが驚いたような表情をしながらコソコソと話し始めた。


「え、あれってB組の黒峰さんじゃない?」

「あたしこんな近くで見たの初めて!」

「うわ、まじかよめっちゃ美人じゃね?」

「おまえあのレベル狙う気か?絶対無理だぞ」

「う、うるせーよ!」


そんな会話など渦中の人物である沙蘭の耳には入らない。
姿勢よく黙々と昼食を食べている真田の近くまでやってきた沙蘭は、自分に気づいていない彼の肩にそっと触れた。

―…バチッ。

その時、一瞬だけ肩に触れた手に電撃のようなピリリとした痛みが走り反射的に手を引っ込めた沙蘭。

(すごいわね…ここまで守られているなんて)

まだ少し痺れている手を擦りながら、沙蘭は深呼吸をすると真田に話しかけることにした。


「…真田くん」

「なんだ…ん?おまえは黒峰か?」

「ええ。名前、知っていたのね」

「当然だ。俺は同じ学年の生徒の名前と顔は全て頭に入ってる」

「あら、それはすごい」


口に手を当ててびっくりしている沙蘭を見ると、真田は箸を置いて彼女に向き合うよう姿勢を変える。


「それで、俺に何か用があるのか?」

「あ、そうだったわ。ええと、あなたと同じテニス部員の仁王くん?という人のことなのだけれど…」

「仁王くんが黒峰さんに何かご迷惑を?」


真田とは違う声が話しかけてきて、沙蘭はその声の主を見た。
『あなたは?』と首を傾げる黒峰に、クイッと眼鏡を上げる動作をした彼。


「失礼しました。私は真田くんや仁王くんと同じ男子テニス部の柳生比呂士といいます。仁王くんとはダブルスのペアなので、仁王くんが何か粗相をしたのなら私が代わりに謝罪をと思いまして」

「ご丁寧にありがとう。わたしは黒峰沙蘭。でも大丈夫よ、何かされたとかではないの」

「では何を…」

「仁王くん、今裏庭の木の下で意識を失っているのよ」

「なに!?」


ガタリと椅子が大きな音を立てる。
声を上げて勢いよく真田が立ち上がると、身長差故に沙蘭は彼を大きく見上げなければならなくなった。


「落ち着きたまえ、真田くん。黒峰さん、言葉に語弊があるだけで仁王くんは昼寝をしているだけでは?」


柳生の問いにゆっくりと首を横に振った沙蘭。
じゃあ本当に仁王は気絶を?と柳生と真田の顔が真剣なものに変わっていくのを見て、安心させるように小さくほほ笑んだ。


「わたしでは彼の身体を運べないと思って、一番体格のいいあなたにお願いしにきたの。大丈夫、今はとりあえずわたしの鈴が仁王くんを落ち着かせているから。昼休みが終わる前に保健室へ連れていってあげてちょうだい」

「す、鈴?落ち着かせているとは…」

「…詳しいことは精市に聞けば分かるわ。わたしからも連絡は入れておくわね。とりあえず、よろしく」


そこまで言うと、沙蘭は彼らの反応を待たずに教室から出て行った。

昼休み、いつもの場所でいつものように昼食をとろうと向かった場所で見たのは最近見たものと同じような光景で。
前に見た時と同じようにキツイ言葉を吐いて告白を断る仁王に、ざわりと胸が騒いだ時にはすでに事は重大さを増していた。

(あんなにすぐ生霊をとばすなんて、ね。よっぽどだったのね)

振られたばかりの女生徒から滲み出た黒い影は、そのまま元から仁王に憑いていたモノと合体して1つの大きな塊となってしまった。

それからパタリと木陰に倒れてしまった仁王に近づいて様子を見てみれば、汗をかいていてひどく魘されていた為、即座に自分の力を込めた鈴を彼の手に握らせたのだ。


『仁王くん、相当まずいわね。裏庭で気を失っていたから、あなたと同じ部の真田くんに彼を保健室まで運ぶようにお願いしてきたわ。あ、それと今日絶対に連れてきてちょうだいね』


幸村へとメッセージを送り、スマホをポケットにしまった沙蘭はまだ手のつけられていない弁当の入ったカバンを見つめて溜め息を吐いた。


「今日、どこで食べようかしら…」

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