厄介な感情 [2/3]
「ブンちゃーん」
「…………」
「ブンちゃんブンちゃーん」
「…………」
「ブンちゃんブンちゃんブンちゃーん」
「っああもう!何なんだよ…!」
「ブンちゃん、俺…」
「ブンちゃんって呼ぶな!」
「―…恋、しちゃったかもしれん」
はあ?と声を上げるブン太をチラリと見て、仁王は嘆息を漏らす。
部活の朝練の休憩中、コート際のベンチにダラリと仰向けに寝転がった仁王にしつこく名前を呼ばれたかと思えば。
(あの女嫌いの仁王が、恋…!?)
ブン太は愛用のラケットのガットを弄る手をピタリと止めて、思わず仁王を凝視した。
今日は天気も悪いし見たところ汗もかいていない。
だが仁王の頬はほんのり赤く染まっており、 時々 目をとじて何かを考えると小さな溜め息を漏らすという動作を繰り返していた。
こりゃ嘘ではなさそうだ、と初めて聞く仁王の色恋事に興味をひかれたブン太はニヤリと笑う。
「それで?大の女嫌いなおまえのハートを射止めたのは誰なんだよぃ?」
「…3年B組」
「金八先生?」
「そんなボケ今はいらん。おもんない」
「なっ、おまえなぁ…!」
「…黒峰ぜよ。黒峰沙蘭」
「…っ黒峰!?」
まさか仁王の恋した相手があの幸村と幼馴染みで、メリーさんを撃退してくれた彼女だとは思いもよらなかったブン太は目を見開いて叫ぶように言った。
それに驚いた仁王はビクリと身体を揺らして頭に乗せていたタオルをポロリと地面に落としてしまう。
「な、何じゃブンちゃんいきなり大声出して…」
「あっ…いやー。黒峰とはちょっと色々…」
「何じゃと!?お前さんあの黒峰と接点あったんか!」
「いやねえよ!ねえけどあった!」
「なっ…どっちぜよ!」
「やあ。何やら楽しそうな話をしてるじゃないか。俺も混ぜてくれるかい?」
肩にかけたジャージをヒラヒラと靡かせて、ニッコリと笑顔を浮かべる幸村。
その様子に ブン太と仁王は身の危険を感じてヒクリと顔を引き攣らせたのだった。
□ □ □
仁王が沙蘭を好き。
それを聞いた幸村は内心で盛大に舌打ちをした。
こちとら5年以上も沙蘭への想いを募らせているというのに、ぽっと出に彼女をとられるなんてふざけた話はないだろうと。
幼馴染みである自分のことは少なからず特別視してくれているという自覚はある。
しかし彼女はきっと人を好きになる…要するにLIKEではなくLOVEの感情を知らない。
さらに要するに、沙蘭にLOVEの感情を抱かせたもん勝ちということだ。
「はあー…」
朝練が終わり、幸村はHRが始まる前に少しだけと足を運んだ花壇で色とりどりに咲く花々を見ながら溜め息を吐いた。
仁王も、というよりテニス部は基本的に女子からモテる。
沙蘭も女子であるのだから、その内の誰かに惹かれるようになってもおかしくない。
だがどうしてだろうか。
沙蘭が誰かと恋人同士になり、誰かと笑い合うことを想像できないのは。
「はああー…」
どちらにせよ、もし彼女とそうなり得る人がいるのならばその相手は他でもない自分でなければ嫌だと幸村は再び先程よりも大きな溜め息をひとつ。
(今日は帰りに沙蘭の家に寄っていこう)
今はまだ、ただの幼馴染みでもいい。
その特権があるだけで他よりはだいぶ優位なスタート地点にいることは確かなのだから。
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