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メリーさん [3/3]



さて、どうしたものか。
顎に手を当てて考え込んでいるとき、ふと目に入った腕時計を見てみれば夜中の3時を示していた。

つい30分ほど前に沙蘭にかかってきたひとつの電話。
それはブン太からのもので、その着信音で目を覚ますこととなった沙蘭。


『黒峰!助けてくれ…!今さっき電話があって、俺んちのすぐ近くのコンビニまで来てたんだよぃ!』


という怒鳴り声に近い叫びのおかげで、沙蘭の目は完全に冴えていた。
その電話をもらってすぐに支度をし、教えてもらったブン太の家の近くまできたはいいものの。

(やっぱり姿は見えないわね。一度彼に出てきてもらわなければ)

そう思ってブン太の携帯を鳴らすと、彼はメリーさんからの電話だと勘違いしてるのかよほど出るのに躊躇っている様子でなかなか電話に出ようとしない。
それでも根気強く鳴らし続ければ、ブン太の震える声で応答があった。


「丸井くん、今わたしはあなたの家の近くまで来てるわ」

「…マジか。こんな時間に…ほんとわりぃ…」

「気にしないで。とりあえず、次かかってくる電話が最後だと思う」

「…どうすればいい。俺、めちゃくちゃ怖いんだよぃ…!」

「丸井くんのご家族のこともあるから、できれば外で処理したいの。怖いかもしれないけれど、メリーさんがあなたの家の前まできたら玄関を開けてほしい」


ズズッと鼻を啜る音が聞こえた。
丸井が恐怖で泣いていると分かった沙蘭は、なるべく声音を優しくして語り掛けるように言葉を紡ぐ。


「何も心配することはないわ、丸井くん。言ったでしょう?わたしはあなたを助けるって」

「…っお、おう…!」

「メリーさんに背後にいると言われても、絶対に振り向かないでちょうだい。目を瞑って、動かないでいて」

「分かった…っ」


そして電話はピッと切れる。
沙蘭との電話が切れ、夜中にも関わらず電気をつけて明るくした部屋の中でブン太は項垂れた。

(こえー…。すっげーこえーけど、)

自分を助けると言ってくれた沙蘭の言葉が、恐怖で埋め尽くされたブン太の大きな励みとなっているのは間違いない。
手の震えが落ち着いてきたところで、そういえば電話のときあまりにも怖すぎて少し泣いてしまったことに彼女は気付いてしまっただろうか。

それを考えると、少なくとも自分の中の憧れである沙蘭の前でなんて醜態を晒しているのだと恥ずかしくなったブン太は顔が熱くなるのを感じる。

そんな時。―…ピリリリリ。
着信音が鳴り、ディスプレイには"非通知"の文字。


「……っはい」

『アたし、メリーさん。いま、アナタの家の前にイルノ』


カシャン、と携帯を床に落としてブン太は立ち上がった。



□ □ □



ブン太の家の近くで待機していた沙蘭は、ハッとして顔を上げる。

彼の家の玄関前に見える赤と黒の入り混じった靄。
そこからはキャハキャハと幼い少女の無邪気な笑い声が響いていた。

しばらく様子を見ていると、ガチャリと玄関のドアが開き、赤い髪がチラリとその隙間から覗く。
玄関が開いた瞬間に、その赤黒い靄がブン太の背後へと素早く移動したのを沙蘭は見逃さなかった。

―…ピリリリリ。暗闇に鳴り響く着信音。
ブン太の、恐怖で揺れる紫の瞳とカチリと目が合う。


『アタシ、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの』


ハッキリとした声が、これだけ離れていても耳に入った。
ギュッと目を瞑ったブン太は、それを聞いてもその場から動くことはない。

そして。


「こんな夜中に人の家を訪ねるなんて、非常識よ?お嬢さん」


咎めるような言葉と、優しい声音。
相反するそれに、ブン太の肩に伸ばしかけた手をピタリと止めて驚いたような表情で沙蘭を見つめるのは血濡れの金髪碧眼の少女だ。


「とりあえず、この中にいてちょうだい」


そう言ってニコリと笑った沙蘭の手の中にあるのは、日本人形。左手には黄色い呪符。

それを見た途端、少女は何か言おうと口を開けたが沙蘭が何かを唱えて少女の額に人差し指をつける方が速かった。


『ヒッ…イヤァアアア!!』


奇声を上げてシュゥと白い煙と変化していく少女、そしてその煙は沙蘭の持つ日本人形に吸い込まれていく。
それから黄色の呪符を日本人形の背中に貼り付け、沙蘭は浅く息を吐いた。


「終わったわよ。丸井くん」

「…も、もう振り向いて大丈夫なのか?」

「ええ。メリーさんは消えたわ」


それを聞いて、深い深い安堵の溜め息を吐いたブン太は自分の後ろにいるであろう沙蘭をゆっくりと振り返る。


「ぎゃ…!?」


ブン太の視界いっぱいに映ったのは、無表情な日本人形の顔。
驚いて腰を抜かして尻餅をついた彼を、沙蘭は『あら…』と呟いてクスクスと笑っていた。

これにて、丸井ブン太が巻き込まれたメリーさん事件は幕を閉じたのだった。


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