「(ない、ない…ない!)」
月曜日の朝、午前7時。
制服に着替えたばかりのわたしは髪も整えずに、とにかく焦りに焦っていた。
いつもきちんと制服につけていた校章バッジが、無い。
家の中は隅々探したし、あとどこで失くしたかと考えるなら学校しかない。
「(どうしよう…っ)」
でも今日は確か、生徒達が登校してくるのを見計らって風紀委員の人達が校門に立っていて、服装(頭髪)チェックを行う日だ。
校章がきちんとついているかどうかの確認もされる。
もう一度、カバンの中や家の中を探してみるけどやっぱり見つからない。
チラリと時計を見るともう家を出なきゃいけない時間を示していて、わたしはがっくりと項垂れた。
ああ、もう諦めるしかない。
校章バッジがないこと以外に何かダメな部分はないかと何度も確認しながら学校に着くと、やっぱり校門には数人の風紀委員が。
スカートの短さだったり、頭髪を染めていたり、ピアスだったり。
主にたくさんの先輩達が注意されていて人集りができていた。
これもしかして…知らんぷりして通り過ぎたら、案外バレなかったりして。
「(…ハッ!いやいやそんなのダメ)」
隠そうとして見つかったら、その時が怖い。
注意される前にバッジを失くしてしまったことを自白した方がよっぽど精神的に楽になれる気がする。
キュッと唇を締めて、わたしは校門まで歩いていくと風紀委員の1人である背の高い男の子の肩を控えめに叩いた。
「…どうしたのだ」
怖い人を選んでしまったかもしれない。
振り返った彼の瞳は鋭く、表情は厳しい。
緊張のせいでカバンを抱き締める腕に力が入り、メモを書く手が震えてしまう。
「…お前は確か、夕雲だったか?」
「………っ!」
なぜだか彼に知られている。
ビックリしながらも必死に首をコクコクと縦に振っていると、彼の厳しかった表情が少し柔らかくなった。
「急がなくてもいい。事情は知っている」
何で、と聞こうとしたけれど思い当たって納得する。
多分、ほかの生徒の人達にはそれぞれのクラスの担任の先生が言っておいてくれてるのだと…思う。最初の自己紹介の時も、先生が言ってくれてたし。
「それで、何の用だ」
「(すみません。校章バッジを失くしてしまったみたいで…今日付けてこれてないです)」
おずおずと、そう書いたメモを彼に見せる。
「わざわざ自分からそれを言いにきたのか」
「……?」
首を傾げながら頷くと、彼は少しだけ目を開いて『夕雲は変わっているな』と呟いた。
え、わたしのどこが変わってる?
今のことでそんな風に思われる要素があったなんて驚きで、わたしはペンを走らせる。
「(わたし、何かおかしかったですか?)」
「…注意されると分かっていて自らそれを言いに来る奴はそういない。例えば、テストで間違った答えが正解とされていることに気付いたとしてもそれをわざわざ教師に伝えにいく奴は極めて少ないだろう」
「(確かにそうかもしれないですけど…わたしの場合、悪いことを隠して後でその事が露見してしまった時が怖いので。もしその例えばがあったとしてもわたしは正直に言いに行きますよ)」
ただチキンなだけなんだけど、ね。
そう付け足したいのを飲み込んで苦笑していると、彼は不意にわたしの頭に手を伸ばす。
「その正直な心は素晴らしくあるとは思うが、バッジを失くすとはたるんどる。髪も、きちんと整えて登校してくることだ」
きっと今、寝癖を触られてる。
ちゃんと見たはずだけどまだ残ってたのか…。
『バッジを探していたら朝時間がなくて』と走り書きを見せると、彼は小さく息を吐いてから自分の制服につけていたバッジを外してわたしに差し出してきた。
「俺は予備であとひとつ持っているから、それを使うといい」
「………!(いいんですか?)」
「お前の物が見つかり次第、返してくれればいい。それと俺と夕雲は同学年だ。敬語はいらんぞ」
な、なんということ!
とても大人びていて落ち着きもあって、なんなら貫禄もあったからてっきり先輩かと…。
てことは1年生であれだけ堂々と先輩達にも注意してたってことだよね、すごすぎる。
「(あの、名前教えてくれますか?)」
「だから敬語はいらんと言っている!」
ひえ、めっちゃ怒られた…!
「(名前教えてもらってもいいかな?)」
「…俺は真田弦一郎、C組だ」
C組ってことは、幸村くんと同じかな。
真田くんと幸村くん。苗字組み合わせると戦国武将の真田幸村なる、なんてどうでもいいことはさて置き。
委員活動中の真田くんをこれ以上呼び止めておくわけにもいかないので、わたしは彼から素直に校章バッジを受け取った。
「(真田くん、ありがとう!何かお礼、考えておくね)」
「礼など…おい!ピアスは校則違反だ!」
規則違反した人を見つけた真田くんは言葉途中で、その人の注意をしに行ってしまう。
真田くんってとても真面目な性格なんだろうなあ。
厳しく注意する真田くんの様子にちょっと苦笑して、お礼は何がいいかと考えながら貸してもらったバッジを見つめた。
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